シェア
中村桃子
2019年10月14日 18:23
物心ついた時には、光を浴びて、舞台の上をくるくる走り回っていた。そこが自分の生きる場所だと信じて疑わなかった。それは「その世界しか知らない」という事でもあった。それを不幸だと思う人もいるのかもしれないけれど、他人がどう言おうが、自分は幸福だった。 《井の中の蛙大海を知らず》ということわざがあるけど、のちに、《されど空の青さを知る》というフレーズが付け加えられたという。そのフレーズを「蛇足だ」と
2019年8月12日 20:23
花火をしませんかと誘ったのは星がとても綺麗な夜のことだった。この夏はじめての花火だった。子供と呼ばれる年齢ではなくなっても、火花がはじける様子にはどこか心が浮き立つ。けれど一人でそれを眺めるのは寂しいから、誰かと一緒にその色を眺めたくて、誘いをかけた。これをきっかけに距離が縮まればいいな、というほんの少しの下心もあったけれど、もっと単純に、感動の共有をしたい、みたいな欲求で。 庭先でちょっと
2019年7月27日 17:59
小学校にあがったから、おれは、初めてひとりでさんぽに出かけた。こないだ買ってもらったばかりの青くてかっこいい腕時計をつけて、帽子をかぶって、お母さんにいってきますをした。お母さんは「気をつけてな」と言って水筒を持たせてくれた。 おうちのまわりのいつも歩いてるところも、ひとりだと、ちょっとどきどきする。空も海もおれの腕時計みたいにきれいな青い色で、ぼうけんびよりだ。 おれはとりあえず運動公園
2019年7月19日 13:56
ゴールデンウィークが終わったばかりだった。 既に多くの人が日常に戻ったあとの街は人気もまばらで、しんとしていた。連休であろうがなかろうが多くの人が寝静まる時間帯に出歩いているから物音が少ないのも当然ではあるのだけれど、五月に入って数日間の賑やかさを思えば、静けさが際立つ夜なのは間違いなかった。キャリーケースを引く音だけが少しうるさかった。 深夜一時発のフェリー。乗るのは初めてじゃないけれど