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破片を見つける


先月から、カフェで働き出した。
たまーに、朝早くからシフトに入ることもあり、朝の5時に家を出る機会を手にした。

そして出会った、朝の世界に私はすっかり飲み込まれてしまったのだ。


長袖の季節の早朝は真っ暗で、晴れていたら星が散らばっている。 
なんだ、星は夜だけのものではないらしい。

時計がないと、時間がわからない。
時計を見ても、夜中なのではと疑う。

そんな曖昧で不思議な世界に、ついさっきまで眠っていた私が飛び込む。

いつも通っている道のはずなのに、いつも見上げているマンションのはずなのに、全く知らない顔つきでそこにいる。
最近自転車のタイヤを修理してもらったばかりで、まだ馴染んでいない状態で漕いでいく。

私が過ごしている街に、こんな姿があるなんて。
地球が自転していることは一応知っているが、実際に肌で感じると、やはり感性が機敏に働く。
戸惑い、感動、浮遊感、いろいろな感情がずしんと重くのしかかってきて、
「溺れる」
次の瞬間にはそう呟いていた。
ちょうど下り坂が始まるところだった。
肌寒い風が私の隙間に入り込んでくる。
でも、それは容赦ない力ではなく、私の揺らぎを優しく受け止めてくれるような柔らかい風だった。

坂を下りきったら現れた人影。
朝活で散歩している人や、出勤するサラリーマンが等間隔に並んでいる。
自転車で追い抜かす度に彼らが、「この世界は現実ですよ」と教えてくれた。
そこでやっと、夢から醒めた私はこの空間にいる喜びをめいいっぱい吸い込んだ。
そして「この暗闇を知っている私たちは、運がいいですね」と彼らに返事をする。
世界の秘密を共有する気分で。

朝早くから働く分、お昼前には仕事が終わって、のんびり帰ったり、そのまま登校したりする。
けど、その時にはもうあの秘密の世界は跡形もなく消えている。

いつもの、愉しくも嫌にもなる明るい世界が堂々と街に寝転んでいる。
秘密を共有した仲間たちはおらず、手を繋いで歩く親子や、スーパーに行く人たちとすれ違う。

さみしいような、少し安心するような複雑な感情を一人で抱えるが、この光景を眺めてやっと、私に「朝」が来る。
どうやら私は、想像以上に生きる感覚と太陽をくっつけているようだ。

今回私が見つけた暗闇の世界は、巨大な塊の中の小さい破片にしか過ぎないのだろう。
むしろ、破片であってほしい。
全ては無理でも、手にした破片を磨いたり、少しずつ探しに出かけたりするからさ。

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