箱
あたしには箱がある。
その箱は、昔は開いていた。
けれど、みんなに中身を不気味に思われ煙たがられた。
それでも平気なのがあたしのはずだった。ちょっと我慢して。
「世界中の人に好かれなくても生きていける」と知っていたから。
でも、一人ぼっちは寂しかった。
よくわからなくても、みんなの声に「そうだね」と共感してみる。
すると、あたしも輪っかに入れた。
あたしは誰かと一緒という、初めての感覚が嬉しくて、よくわからなくても「確かに」と口を揃え続けた。
そうしていくうちに、あたしの箱は閉じた。
中身があたしにも見えなくなったのだ。
見えなくなったら記憶から消えて、あったことすら忘れてしまう。
あたしは、輪っかの色に染まるだけの人になった。
愉しいのか、愉しくないのか、わからなくて濁った日々が続いた。
そんなある日、箱の蓋をノックする人が現れた。
その人は、今までのあたしが箱に集めていたものと似たようなものを大切にする人。
その人と話していると、懐かしさも新鮮さも溢れて、箱の声が聞こえてきた。
あぁ、これだこれだ。あたしはこんなことを感じる人だ。
カチッとはまる音がした。ピタッとくっつく匂いがした。
心がゆらゆらと踊り、そよ風が頬に吹いた。
あの箱は、思ったよりも簡単に軽く開いた。
箱の中身がぽろぽろ零れ、あたたかい川となった。
濁っていた感情に澄み切った水が流れてきた。
おかえり、あたし。解き放て、あたし。