鷹(たか)
甲斐山中、日向、丹後、伊豫 等に捕るもの 皆 小鷹にして、大鷹は、奥州黒川、上黒川、大澤、冨澤、油田、年遣、大爪、矢俣 等にて捕なり。しのぶ郡にて捕者、凡て しのぶ鷹とはいへり。白鷹は、朝鮮より来りて、鶴、雁を撃つ者、是なり。
鷹を養ふ事は、朝鮮を原として、鷹鶻方と云 書あり。故に、本朝 仁徳天皇の御宇、依網屯倉の阿珥古鷹を献せしに、其名さへ知給はざりけるを、百濟の皇子 酒君、是は朝鮮にて 倶知と云鳥なりとて、韋緍、小鈴を着て得馴て、百舌野遊猟に多く、雉子を捕る故に、時人、其養鷹せし處を号て、鷹甘邑と云て、今の 住吉郡 鷹合村、是なり。されば、我国に養ひ始し事、朝鮮の法を傳へたりと見へたり。
捕養ふ者は、凡 巣中に獲て、養ひ馴れしむ。其中に伊豫国小山田には羅して捕れり。此山は土佐、阿波三国に 跨たる大山なり。されば、鷹は高山を目がけてわたり来るものなれば、必 此 山に在り、凡七八月の間、柚の實の色付かゝる折を渡り来るの期とす。
羅は、はり切羅といひて、目の廣さ一寸 或 二寸、すが糸にても、苧にても作る。竪二四尺、横二間 許なるを張りて、其下に提灯羅とて長三尺ばかり、周經一尺斗のもめん糸の羅に 鵯 を入れ、杭に結ひ付、又、其 傍に木にて作りたる蛇の形のよく似たるを、竹の筒に入れて、糸をながく付て、夜中より仕かけ置、早天に鷹、木末を出て求食を見かけ、しかきの内より蛇の糸を引て、鵯 のかたを目がけ動かせば、恐れて騤立を見て、鷹 是を捕んと飛下て羅にかゝる。
両方に着たる竹の釣に 漆をぬりて、能く走る様にしかけし物にて、鷹 觸れば、自 縮 寄て、鷹の纏はるるを捕ふなり。此 羅を張るに窮所ありて、是、又、庸易のわざにはあらずといへり。其 猟師、皆 惣髪にして、男女分ちがたし。冬も麻を 重て 着せり。
※ 「すが糸」は、精錬する前の生糸一本を撚りをかけずに、そのまま用いる糸のこと。菅糸。
※ 「苧」は、イラクサ科の植物カラムシ(苧)の繊維を紡いで作る糸のこと。
此に捕る鷹多くは鷂、又はハシタカともいひて、兒鷂の䳄なり。逸物は、鴨、鷺をとり、白鷹に似 小也。其班、色ゝ有。
かく捕り獲て後、山足緒、山大緒を差なり。何れも、苧を以て作る。尤、足にあたる処は、揉皮を用ひ、旋は竹の管、又は、鹿の角にて制る。小鷹は、紙にて尾羽をはり、樊籠に入れて、里に售ぐ。
他国、又、奥州の大鷹は、巣鷹と云て、巣より捕あり。其法、未詳。
餌は、餌板に入て差入飼。
大鷹は、尾袋、羽袋を和らかなる布にて、尾羽の筋に一処、縫附る。其 寸法、尾羽の大小に随がふ。
※ 「旋」は、 鷹狩りで、鷹の足につけるひもの金具のこと。
※ 「售ぐ」は、売ること。
以捕時異名
赤毛 一名 網掛 初種 黄鷹
是、夏の子を 秋捕たるを云也。
巣鷹
巣にあるを捕たるなり。
巣廻
五六月、巣立たるを捕たるなり。
野曝鷹
山曝、木曝とも云。十月、十一月に捕たるなり。
里落鷹
十二月に取る物の名なり。
新玉鷹
正月に捕たる也。
佐保姫鴘
乙女鷹、小山鴘とも云。二三月に取たる也。
鴘
山野にて毛をかへたるを云。片かへりとは、一度かへたるを云。二度かへたるを、諸かへりと云。
鷹懐
獲たるまゝなるを、打おろしといふ。是に人肌の湯を以て、尾羽觜の廻り餌じみなどを能く洗らひ、觜 爪を切り、足緒をさして、夜据をするなり。夜据とは、打おろしの稍人に馴たるを視候、夜塒を開き、燈を用ひず、手に据て 山野を 徘徊し、夜を経について、燈を■ [■は凵+米] に見せ、又、夜をかさねて 次第にちかくす。是は、若 始めに火の光に 驚かせては、終に癖となりて、後に水に濡れたる羽を 焚火に 乾こと成がたき故也。其外 數多害あり。
※ 「足緒」は、鷹狩りに使う鷹の足につけるひものこと。足革。
※ 「夜据」は、 夜に鷹狩の鷹を手にすえて連れ出すこと。夜据。
※ 「塒」は、鳥の寝る所、寝座のこと。塒。
さて、夜据 積りて、鷹 熟ぎ、手ふるひ、身せゝりなどして和らぎたるを見て、朝据をすなり。是は、未明より次第に朝を重ねて、後には、白昼に野にも出せり。其時、肉よくなり、野鳥を見て、目かくる心を察しかねて、貯し小鳥を見せて、手廻りにて、是を捕らせり。
但し、其 小鳥の觜をきり、あるひは 括也。是は、鷹を 啄み、声を立させさるが為なり。若、声立などして、鷹おどろけば、終に 癖となるを厭へばなり。是を、腰丸觜をまろばす とは云へり。
此 鳥よく取得たる時は、暖血(肉のこと也)を少し飼ひて、多くは飼はず。多く飼へば、肉ふとりて悪し。尚、生育に 心を附て、肥る痩る、又は、羽振顔貌などの善悪、或は、大鷹は 眸の小さくなるを 肉のよきとし、小鷹は これに反し、又、屎の色をも 考へ 能く 調はせて(是を肉をこしらへるといふ也)、飛流の活鳥を飼ふ(飛流しとは、鳥の目を縫ひ、野に出て 高く飛はせて、鷹に羽合するなり。目をぬふは、高く一筋に飛さんが為也)。是を手際よく取れば、夫より 山野に出て取飼ふなり。
巣鷹は、巣より取りて、籠のうちに艾葉、兎の皮を敷きて、小鳥を細かに切りてあたへ、少しも水を交へず。
初生を のり毛、綿毛共云。又、村毛、つばな毛と 生育の次第あり。
尾の生を以て 成長の期として、一生、二生を見するといふなり。三生に及べば、籠中に架をさすなり。初より 籠に蚊帳をたれて、蚊の螫を厭ふ。又、雄を兄鷹をいひ、雌を弟鷹といひて、是をわかつには軽重をもつてす。軽きを兄とし、重きを弟とす。又、尾羽延び揃ひかたまりたる後は、足緒をさして、五日ばかり架につなぎ、静かに据て、三日ばかり浅湯を浴するなり。若、浴ざれば ふりかけて度を重ぬ。縮りたる羽を伸し、尚、前法のごとく 活鳥をまろはして後には常のごとし。
鷹品大概
角鷹
蒼鷹、黄鷹ともいふ。
波廝妙
弟とも、兄とも、見知がたきを云。
鶻
雄なり、形小也。
隼
雌なり、形大なり。仕かふに 用之。
鷂
雌也。
兄鷹
鷂の雄也。
萑鷂
𪄄とも書て、品多し。黒-、木葉-、通-、熊-、北山-、いづれも同品なり。府をもつて別かつ。
萑■ [■は鳥+戒]
■ [■は凋+鳥] とも書て、品多し。黒し。本葉-、通-、熊-、北山-、いづれも同品なり。府をもつて別かつ。
萑𪀚
つみより小なり。
鵊鳩
赤治鳥 青- 底- 下- 裳濃-
鷲
全躰 黒し。年を経て、白き府、種ゝに変ず。哥に、毛は黒く、眼は青し。觜青く、脛に毛あるを鷲としるべし。
鵰
全躰 黒し。尾の府、年を経て 様ゞに変ず。哥に、觜黒く、青ばし青く、足青く、脛に毛あるをくまたかとしれ。其外、品類多し。
任鳥
まくそつかみ、くそつかみ。
惰鳥も 種類なり。
大和本草云、鷹鶻方を 案るに、鷹の類 三種あり。鶻、鷹、鷲なり。今 案ずるに、白鷹、鷂、角鷹は、鷹なり。
隼、鵊鳩は、鶻なり。
鷲、鳶 等は、鷲なり。鷹鶻の二類は、教て鳥を取しむ。鷲の類ひは、教しへて、鳥を取しめず。又、諸島は 雄 大なり。唯、鷹は雌 大なり。此事、中華の書にも見たり。尚、詳 なることは、原本によりて見べし。此に 略す。
※ 「大和本草」は、江戸時代中期に貝原益軒によって編纂された本草書。
筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖