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【古今名婦伝】白菊姫
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白菊姫
遠州 菊川里 愛宕荘司の女、世に稀なる美人也。
後宇多天皇の健治年中、此山奥に惡鬼住て、地方の者を 悩しければ、上杉三位影定は、鬼賊退治に下向なりて、荘司が家に 宿らせ給ひ、白菊姫を 寝所に召れぬ。其後、三位は鬼を射殺し、既に 帰洛の時に臨み、程なく 迎をおこせんとて、守袋なる 観音の像を形見に与へ、なく/\ 別給ひけり。
姫の母は、生さぬ中にてありければ、姫が 幸 を得たるを妬み、夫に讒言し、惡名を■[号+乕] て、無慙にも簀巻にして、桜が渕にぞ 沈ける。然るに、観音𦬇の 功力により、命 助り、都路さしてたどり行、江州 月輪にて、三位殿に再會し、遂に北方にそなはり給ふと、彼処の口碑につたへたり。
毛吹草に
身をなげば 猶いきぬべし 菊の淵 昌意
※ 「遠州」は、遠江国。
※ 「生さぬ中」は、生さぬ仲。血のつながりのない親子の間柄。
※ 「讒言」は、悪口のこと。
※ 「無慙」は、残酷なこと。
※ 「簀巻」は、江戸時代に行われていた私刑のひとつで、身体を簀で巻いて水中に投げ込むこと。
※ 「功力」は、仏語。修行によって得た不思議な力、功徳の力。
※ 「江州」は、近江国。
※ 「北方」は、身分の高い人の妻を敬っていう言葉。
※ 「毛吹草」は、江戸時代初期の俳書。著者は松江重頼。
※ 「いきぬべし」は、生きぬべし と思われます。
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白菊は、鎌倉時代を生きた女性です。
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生没年不詳(鎌倉時代)
遠江国菊川(現在の静岡県菊川市)を舞台にした『白菊姫伝説』のヒロインです。白菊が実在の人物であるのか、物語上の人物であるのか、詳しいことは分かりません。
『古今名婦伝』では白菊を寵愛する男性は上杉三位影定となっていますが、調べてみると、上杉三位影定を設定したストーリーはほとんど見あたらず、一条三位憲勝(上杉憲勝)と白菊の話が多く残されています。
※ 国立国会図書館デジタルコレクションで見つけたのは、一冊だけでした。『臙脂伝(白菊姫)』
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上杉三位影定の話と一条三位憲勝の話を比較すると、大きな相違点は
- 上杉三位では、白菊は継母によって桜が淵に沈められる
一条三位では、自らの意思で桜が淵に身を投げる
- 上杉三位では、懐妊と子供の話はない
一条三位では、三位が帰京した時に白菊は懐妊している
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一条三位には、その後のストーリーに様々なバリエーションがあって、
- 子どもを産まずに桜が淵に身を投げた説
- 男の子(月輪童子)を出産した後に、桜が淵に身を投げた説
生まれた子どもについても
- 母の後をおって桜が淵に身を投げた説
- 成長して出家し、後に相良荘平田寺の二代目住職になった説
などがあります。
また、
- 子どもを産まずに桜が淵に身を投げたところを観音菩薩によって助けられ、近江国月輪で男の子(月輪童子)を出産し、近江国勢多で三位と再会して遠江国相良で暮らした(月輪童子は相良荘平田寺の二代目住職)というハッピーエンド説もあります。
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江戸時代後期に編纂された『遠江国風土記伝』に次のような記載があり(他の文献にも似た記述が見られます)、一条三位憲勝、白菊(愛宕荘司の娘)、月輪童子の三人は実在の人物と思われます。
按寺記曰、上人者平田寺開山龍峰師、姓氏藤原朝臣、上杉掃部頭頼重の男也。一条三位者 上杉家猶子上杉憲勝(号如蓮沙彌)弘安元年春日、討小夜中山之逆徒、一条三位之子、月輪童子、出家号空叟智玄、為平田寺二代、母は愛宕荘司女、名白菊。
但し、ストーリーについては後世に脚色されたものと思われ、実際の史実がどうであったかは知る由もありません。
『古今名婦伝』の白菊姫では、懐妊の話がなくなり、さらに意地悪な継母も登場して、シンデレラ感の増したハッピーエンドストーリーなっています。おそらく一条三位の話をモチーフにして作られた物語だろうと思います。
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豊国が描いた白菊は、淵から上がったばかりなのに天真爛漫な明るさに溢れていて、添えられている俳句も逆境にめげない力強さがあります。見ているだけで元気をもらえる『古今名婦伝』のなかでも好きな一枚です。
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身をなげば 猶いきぬべし 菊の淵
参考:国立国会図書館デジタルコレクション『岳南史 第1巻(白菊女)』『静岡県伝説集 前編(白菊の魂魄石)』『遠江(日本国誌資料叢書)』『姓氏家系大辞典 第1巻』『静岡県史料 第4輯』『大日本地名辞書 中巻 二版(平田寺)』『近江人物志(知玄)』
早稲田大学図書館 古典籍総合データベース『毛吹草. 巻第1-6』(昌意の該当の句はこちら)
筆者注 新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖