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一休骸骨(いっきゅうがいこつ)

『一休骸骨』は、人間の振る舞いを骸骨がいこつとして描くことで、生きることと死ぬことは表と裏のように切り離せない関係にあること(生死しょうじ一如いちにょ)を説いた作品です。著者は一休禅師とされています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

九年まで ざぜんするこそ ぢごくなれ
  こくうのつちと なれるその身を


九年まで座禅するこそ地獄なれ、虚空の土となれるその身を


※ 挿絵の人物は、達磨だるま大師。嵩山すうざん少林寺しょうりんじで壁に向かって九年間 坐禅を続けたというエピソードで知られています。
※ 「こくうのつち」は、虚空こくうの土。

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

一休いつきう骸骨がいこつ
うすずみにかく たまづさのうちにこそ、万法まんぽうともに見ゆるなるべし。それしよしんのとき座禅ざぜんをもつぱらになすべし。もろ/\ 国土こくどむまれくるもの 一たびむなしくならずといふ事なし。それわがもいまだなり。天地てんち国土こくど本来ほんらいのめんもくもいまだなり。みなこれ、こくうよりるなり。かたちなきゆへに、すなはちこれを ほとけとはいふなり。仏心ぶつしんとも 心仏しんぶつとも、法心ほつしんとも、仏祖ぶつそとも、かみとも、もろ/\のは、みなこれ こなたよりなづくるなり。


薄墨うすずみに書く玉梓たまずさの内にこそ、万法まんぽうとも見ゆるなるべし。それ初心しよしんの時、座禅ざぜんもつぱらになすべし。諸々もろ/\国土こくどむまれくるもの 一度ひとたびむなしくならずといふ事なし。それ我が身もいまだなり。天地てんち国土こくど 本来ほんらい面目めんもくいまだなり。みなこれ虚空こくうより来るなり。形なき故に、即ち是を ほとけとはいふなり。仏心ぶつしんとも、心仏しんぶつとも、法心ほつしんとも、仏祖ぶつそとも、かみとも、諸々もろ/\の名は、皆是こなたより名付なづくるなり。


※ 「うすずみ」は、薄墨うすずみ
※ 「たまづさ」は、手紙のこと。玉梓たまずさ
※ 「万法まんぽう」は、仏語。あらゆる法則のこと。

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

かやうのことをしらずんば、たちまち ごくにはいるなり。まだよき人のしめしによりて、二たびかへらざるは、めいどぎやくしゆうのわかれ、したしきうはきも るてん三界さんかいはいよ/\ものうく心ざして、こきやうをあしにまかせてうかれいで、いづくをさすともなくゆくほどに、しらぬ 野原のはらにいりかゝり、そでもしぼるゝふじごろも、日もゆふぐれになりぬれば、しばしかりねのくさまくらむすぶたよりもなきままに、あなたこなたを見まはせば、みちよりはるかにひきいりて、やまもとちかく、さんまいはらとおぼしくて、はかともそのかずあまたあるなかに、ことのほかにあはれなる がいこつ、だうのうしろよりたちいでゝいわく、


かようの事を知らずんば、たちまち 地獄に はいるなり。まだ良き人の しめしによりて、二たび かへらざるは 冥途めいど逆修ぎやくしゆう の分かれ、親しき浮気も 流転るてん三界さんがいはいよいよ ものく心ざして、故郷こきやうを足に まかせて浮かれで、何処いづくをさすともなくほどに、知らぬ野原にりかかり、袖も絞るる 藤衣ふじごろも、日も夕暮れになりぬれば、しばし仮寝かりね草枕くさまくら むすたよりもなきままに、彼方かなた此方こなたを見回せば、道より遥かに引き入りて、山元やまもと近く 三昧原さんまいはらとおぼしくて、はかとも そのかず あまたある中に、ことほかあはれなる 骸骨がいこつだうの後ろよりたちいでて曰く、


※ 「冥途めいど」は、仏語。死者が赴く迷いの世界、または、そこへたどりつく道程のこと。
※ 「逆修ぎやくしゆう」は、仏語。修行にそむくこと、迷見にとらわれて真理に遠ざかること。
※ 「るてん三界」は、流転三界。 仏語。生あるものは三界に生死を繰り返して、迷い続けるということ。三界さんがい流転るてん
※ 「三界」は、一切衆生しゅじょうが、生まれ、また死んで往来する世界。欲界・色界・無色界の三つの世界のこと。
※ 「そでもしぼる」は、袖も絞る。涙でぬれた袖を絞る、ひどく悲しんで泣く様子の喩え。袖を絞る。
※ 「ふじころも」は、藤衣。藤づるの皮の繊維で織った粗末な衣服のこと。
※ 「くさまくらむすぶたより」の「むすぶ」は、草枕を結ぶと結ぶ頼りの掛詞になっています。
※ 「くさまくら」は、わびしい旅寝の意。
※ 「さんまいはら」は、三昧原さんまいはら。仏語で、火葬場、墓地のこと。三昧さんまい

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世の中に 秋風たちぬ 花すゞき
   まねかばゆかん 野べも山べも

いかにせん 身をすみぞめの 袖ならん
  むなしくすごす 人のこゝろを

※ 「すみぞめの袖」は、墨染すみぞめごろもの袖のこと。

一切いつさいのものひとたびむなしくならずといふ事あるべからず。むなしくなるをほんぶんのところへかへるとはいふなり。かべにむかひてするとき、ゑんによりておこるねんはみな まことにあらず。


一切のもの 一度ひとたびむなしくならずといふ事あるべからず。むなしくなるを 本分ほんぶんところかへるとは云ふなり。かべに向かひてするときゑんによりてこるねんみな まことにあらず 。


※ 「むなしく」は、空しく。死んでしまうこと。

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

それ五十ごじう余年よねんのせつぽうもみなまことにあらず。人のこゝろをしらんゆへなり。かやうに をしる人やあるとて、仏堂ぶつだうにたちよりて一夜いちやをおくるに、つねよりもこゝろぼぞくして打ちることなりける。


それ 五十ごじう余年よねん説法せつぽうみな まことにあらず。人の心を知らん故なり。かようにを知る人やあるとて、仏堂ぶづだうに立ち寄りて一夜いちやを送るに、つねよりも心細くしてうちぬることなりにける。


あか月がたになりて、すごしまどろみたる ゆめのうちに、だうのうしろへたちいづれば、がいこつおほくむれゐて、そのふるまひおの/\おなじからず。たゞにある人のごとし。あなふしぎのことやとおもひてるほどに、あるがいこつちら/\あゆみよりていわく


あかつきがたになりて、すごしまどろみたる ゆめのうちに、だううしろたちいづれば、骸骨がいこつおほて、そのふる各々おの/\同じからず。たゞにある人の如し。あな 不思議ふしぎことやとおもひて見るほどに、ある骸骨ちら/\と歩み寄りて曰く、


※ 「あか月がた」は、あかつきがた

おもの あるにもあらず すぎゆけ
   ゆめとこそなれ あぢきなも身や

佛法ぶつぽうを かみやほとけに わかちなば
   まことのみちに いかゞいるべき

しばしげに いきの一すぢ かよふほど
   べのかばねも よそにへける

※ 「べ」は、ここでは、火葬場、または、埋葬地のこと。
※ 「かばね」は、かばね。死体のこと。

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さて、したしみよりてなれあそぶに、日頃ひごろわれ人へだてける こゝろもうせはてゝ、しかもつねにあひともなひける。がいこつ すてほうをもとむる心ありて、あまたのわかちをたづね、あさきよりふかきにいりて、わが こゝろのみなもとをあきらむるに、耳にみてるものはまつかぜのおと、まことさへぎるものは、けいげつのまくらにのこる。


さて、したしみより れてあそぶに、日頃ひごろ われへだてける こゝろてゝ、しかもつねあひともなひける。骸骨がいこつ ほうもとむる 心ありて、数多あまたのわかちをたづね、あさきよりふかきにりて、わが こゝろみなもとあきらむるに、耳にてるものは松風まつかぜおとまこさえぎるものは 桂月けいげつまくらのこる。


※ 「わかち」は、物事の区別、けじめ、思慮のこと。分別わかち
※ 「けいげつ」は、桂月けいげつは月の別名。(月の中には桂の木が生えているという伝説から)

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

そも/\いづれのときか、ゆめのうちにのらざる。いづれの人か、がいこつにあらざるべし。それを五色のかはにつゝみて もてあつかふほどこそ、男女なんによいろもあれ、いきたへ、のかはやぶれぬれば、そのいろもなし。上下かみしものすがたもわかず、たゞ いまかしづきもてあそぶかはのしたに、このがいこつをつゝみてうちたつと おもはるて、此ねんをよく/\こうしんすべし。たつときも、いやしきも、おひたるも、わかきも、さらにかわりなし。たゞ いち大事だいじゐんゑんをさとるときは、ふじやうふめつのことわりをしるなり。


そも/\いづれのときか、ゆめうちにのらざる。いづれの人か骸骨がいこつあらざるべし。それを五色のかはつゝみあつかうほどこそ、男女なんによいろもあれ、いきへ、かは やぶれぬれば、そのいろもなし。上下かみしもの姿もかず、たゞ いま かしづもてあかはしたに、この骸骨を つゝみつと おもはるて、此 ねんをよく/\後心こうしんすべし。たつときも いやしきも、おひたるも わかきも、さらに変わりなし。たゞいち大事だいじ因縁ゐんゑんさとる時は、不生ふじやう不滅ふめつことわり を知るなり。


※ 「上下かみしも」は、上衣の肩衣かたぎぬと下衣のはかまの上下一式の衣服。かみしも
※ 「こうしん」は、後心こうしんでしょうか。学問・技芸など、先人のたどった道をあとから進むこと。
※ 「ゐんゑん」は、因縁いんねん
※ 「ふじやうふめつ」は、不生ふしょう不滅ふめつ。 仏語。生じることも滅することもなく、常住じょうじゅう不変であること。

なきあとの かたみに石が なるならば
  五りんのだいに ちやうすきれかし

なに事に あらおそろしの
   人のけしきや くもりなき
 ひとつの 月をもちながら
    うきよのやみに まかひぬるかな

※ 「なきあとのかたみ」は、亡き後の形見。
※ 「五りん」は、五輪ごりん卒都婆そとば。方・円・三角・半月・団(如意珠にょいしゅ)の五つの形をつくり、それぞれ地・水・火・風・空の五輪(五大)にあてて、下から積みあげたもの。

左端が五輪ごりん卒都婆そとば

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

まことさておぼしめしからん。いきたへ、身のかは破れぬれば、人ことにかやうにる 御身おんみもいかほどもながらへさせ給ふべき、はかなく候。

きみの ひさしかるべき ためしには
   かねてぞうへし すみよしのまつ

たんぽ/\ ひやうらく/\
ことの外ゑひ(酔ひ)申候

※ 「すみよしのまつ」は、住吉の松。摂津国墨江郡一帯にあった松林のこと。

われありと思ふ こゝろをすてよ。たゞのうきくもかぜにまかせて こなたへよらせ玉へ。いつまでもおなじとしまでながらへたく候へ、まことにさて 思召おぼしめしらん。これおなこゝろにてこそ候へ

なかは まどろまで みるゆめなれば
   みておどろく 人のはかなき

※ 「まどろまで」は、微睡まどろまで。眠らずに。

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

ぢやうごうは いのるかひなき事にて、こそるへいち大事だいじよりほかなにことこゝろにかけさせ候まじく候。人間にんげんはさだめなき事にて候へば、今はじめておどろくべきにも候はず。いとふべきたよりならば、なかのうきは中ゝうれしかりけり。

※ 「ぢやうごう」は、成功じょうごうでしょうか。朝廷に寄付をして造宮・造寺などを行った者が、その功によって官位を授けられるもの。
※ 「いち大事だいじ」は、仏語。仏が衆生しゅじょう救済のためこの世に出現するという重大事。

あしもはやひへ申候(足も早や冷え)
なにごとを御なきかや(何事を御泣きかや)

いそぎ/\御のせかへ(急ぎ/\御乗せ換え)

なにとたゞかりなる色をかざるらん。かゝるべしとはかねてしらずや。もとのは、もとの ところへかへすべし。いらぬ所をたづねばしすな。

たれもみな むまるもしらず すみかなし
  かへらばもとの つちになるべし

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

わけのぼる ふもとのみちは おほけれど
   おなじたかねの つきをこそみれ

行末ゆくすへに やどをそことも さだめねば
  ふみまよふべき みちもなき

※ 「たかね」は、高嶺たかね
※ 「ふみまよふ」は、踏み迷う。

はじめなく おはりもなきに わが こゝろ
  うむれしすると 思ふべからず

まかすれば おもひもたらぬ こゝろかな
  をさへてをば すつべかりけり

※ 「うむれし」は、まれし。
※ 「すつべかり」は、捨つべかり。

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

あめあられ ゆきやこほりと へだつれど
  とくればおなじ 谷川たにがはの水

ときをける こゝろのみちは かわるとも
    おなじくもゐの のりをこそみれ

うづめたゞ みちをは松の おち葉にて
   人すむ宿やどと しらぬばかりに

はかなしや とりべの山の やまをくり
   おつる人とて とまるべきかは

世をうしと 思ひとりべの 夕けふり
    よそのあはれと いつまでかみん

はかなしや けさみし人の おもかげは
  いろはけふりの ゆふぐれのそら

※ 「とりべの」は、鳥辺野とりべの。平安時代初期からの京都近郊の葬送地で、化野あだしのつゆ鳥部山とりべやまけむりといわれました。
※ 「やまをくり」は、死者を山に葬ること。のべおくり。
※ 「けさみし人」は、今朝けさし人。

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

あはれみよ とりべの山の 夕けふり
    そらさへかぜに をくれさきだつ

やけばはい うづめばつちと なるものを
   なにかのこりて つみとなるらん

※ 「やけばはい」は、焼けば灰。
※ 「うづめばつちと」は、うずめば土と。

みとせまで つくりしつみも もろともに
  ついにはわれも きへはてにけり

※ 「みとせ」は、三歳みとせ

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

しばしげに いきのひとすぢ かよふほど
   べのかばねも よそにみへける

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なかのさだめことなるべし。けふこのころしもかやうのあへなきことのあるべしとは、かねてしらずして をどろく人のはかなさよと おもひて、わがのあるべきをとるれければ、ある人申されけるは、このごろは むかしにかはりて てらをいで、いにしへは 道心だうしんをおこす人はてらいりしが、いまはみな てらをいづるなり。れば、ぼうずにちしきもなく、ざぜんをものうくおもひ、くふうをなさずして道具だうぐをたしなみ ざしきをかざり、がまんおほくして、たゞころもをきたるをみやうもんにして、ころもはきたるとも、たゞとりかへたるざいけなるべし。


世の中の定め異なるべし。今日この頃しもかやうのあえき事のあるべしとは、かねて知らずして驚く人のはかなさよと思ひて、我身のあるべきをとるれければ、ある人申されけるは、この頃は昔に変わりて寺をいでいにしへは道心を起こす人は寺にいりしが、今は皆 寺をいづるなり。見れば、坊主ぼうずに知識もなく、座禅ざぜんものく思ひ、工夫をなさずして道具だうぐたしな座敷ざしきかざり 、我慢がまん多くして、たゞ ころもを着たるを 名聞みやうもんにして、ころもたるとも、たゞ へたる在家さいけなるべし。


※ 「あへなき」は、張り合いがなくてがっかりするさま。
※ 「みやうもん」は、名聞みょうもん。世間での名声や評判、ほまれ。
※ 「ざいけ」は、在家ざいけ。出家せずに、普通の生活をしながら仏教に帰依きえすること。

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

けさころもはきたりとも、ころもはなはとなりてをしばり、けさはくろがねのしもくとなりて、身をうちさいなむと見へたり。つら/\ 生死しやうじりんゑのいわれをたづぬるに、ものゝいのちをころしてはぢごくにいり、ものをおしみてはがきとなり、ものをしらずしてはちくしやうとなり、ばらをたてゝはしゆらだうにおつ。

五戒ごかいをたもちては 人にむまれ、十ぜんをしやうじては 天人てんにんにむまる。此うへに四聖ししやうあり。これをくはへ十かいといふ。この一念いちねんるにかたちもなし。ちうげんも 住所じうしよなく、きらいすつべき ところもなし。おほぞらくものごとし。みづのうへのあはににたり。


袈裟けさころもは着たりとも、ころもなはとなりてしばり、袈裟けさ黒金くろがね撞木しもくとなりて、身を打ち さいなむと見へたり。つら/\生死しやうじ輪廻りんゑのいわれをたづぬるに、ものゝ いのちを殺しては地獄にいり、ものをしみては餓鬼がきとなり、ものを知らずしては 畜生ちくしやうとなり、ばらを立てゝは 修羅しゆらだうつ。五戒ごかいを保ちては人にむまれ、十ぜんしやうじては 天人てんにんむまる。此上に四聖ししやうあり。これを くはへ 十かいと云ふ。この一念いちねんるに かたちもなし。中間ちうげん住所じうしよなく きらいつべき ところもなし。おほくもの如し。みづの上の あはに似たり。


※ 「くろがね」は、鉄の古称。黒金くろがね
※ 「しもく」は、撞木しゅもく。仏具のひとつ。鐘・たたきがねけいを打ち鳴らす丁字形の棒のこと。
※ 「うちさいなむ」は、打ち苛む。
※ 「生死りんゑ」は、生死輪廻りんね
※ 「五戒ごかい」は、仏教で、在家の信者が守るべき五つの いましめ。不殺生せっしょう・不偸盗ちゅうとう・不邪淫じゃいん・不妄語もうご・不飲酒おんじゅ
※ 「十ぜん」は、十全じゅうぜん。欠点がなく、完全であること。
※ 「むまる」は、むまる。
※ 「天人てんにん」は、仏語。天界に住んでいる衆生、道徳的に前生によい生活をおくった者のこと。
※ 「四聖ししやう」は、ここでは、仏界ぶつかい菩薩ぼさつ界、縁覚えんがく界、声聞しょうもん界の四つを指していると思われます。
※ 「十かい」は、十戒じっかい。仏語。沙弥しゃみ沙弥尼しゃみにが守るべき十の いましめ。不殺生せっしょう・不偸盗ちゅうとう・不淫・不妄語・不飲酒おんじゅ・不塗飾としょく香鬘こうまん・不歌舞観聴・不坐高ざこう広大牀こうだいしょう・不非時食ひじじき・不ちく金銀宝こんごんほう
※ 「ちうげん」は、中間ちゅうげん。仏語。二つのものの間にあるもののこと。

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たゞおこる ところのねんもなきがゆへに、なす ところ万法まんぽうもなし。ねんほうとひとつにして、むなしきなり。人このふしんをしらぬなり。たとへば人のちゝはゝはうちのごとし。かねはちゝ、いしははゝ、なり。これをほくそにたてゝ、たきぎあぶらのゑんつくるときは きゆるなり。ちゝはゝあいあそぶとき、のいづるがごとし。ちゝはゝもはじめなきがゆへに、ついにはのきゆる こゝろにうするなり。むなしくこくうより、一切のものをはごくみ 一切いつさいのいろをいだす。一切のいろをはなてば、ほんぶんの田地でんぢとはいふなり。一切草木さうもく國土こくどのいろは、みなこくうよりいづるゆへに、かりのたとへにほんぶんのでんぢとはいふなり。


たゞ おこる ところねんきが故に、なす所の万法まんぽうもなし。ねんほうとひとつにしてむなしきなり。人この不信ふしんを知らぬなり。例えば、人のちゝはゝちの如し。かねちゝいしはゝなり。これを火糞ほくそに立てて、たきゞ あぶらゑん くる時は ゆるなり。ちゝはゝあいあそぶとき、火のいづるがごとし。ちゝはゝも初めなきが故に、つひには火の消ゆる こゝるするなり。むなしく虚空こくうより、一切のものを はごくみ、一切いつさいいろいだす。一切の色をはなてば本分ほんぶん田地でんぢとは云ふなり。一切草木さうもく國土こくどの色は みな虚空こくうよりいづる故に、かりたとえに 本分ほんぶん田地でんぢとは云ふなり。


※ 「ほくそ」は、火糞ほくそ。ろうそくの燃えがら、または、火の粉。
※ 「はごくみ」は、はぐくみ。
※ 「一切草木さうもく國土こくど」は、草木そうもく国土こくど悉皆じっかい成仏じょうぶつのことと思われます。草木や国土のように心をもたないものも仏性があるから成仏できるという意。

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

さくらを くだきてれば はなもなし
   はなをば はるの そらぞもちくる

はしなくて くものうへまで あがるとも
   ぐどんのきやうを たのみばしすな

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● ●ぐとん 五十ごじう余年のせつぽうをきゝて、このおしへのまゝにしゆぎやうせんとすれば、ぐどんさいごにのたまふやう、はじめよりおわりにいたるまで、一もとかずといひて、かへつてづから花をさしあげさせ玉ふを、迦葉かせうかすかにわらひしとき、ぐどんのたまふやう、われにまさしきのりのたゝなる心ありとて、はなをゆるしけるを、いかなるいはれぞやとひければ、ぐどんの玉ふやう、われ五十余年よねんのせつぽうは、たとへばおさあいものをいだかんとするとき、のうちにものあることをいひていだくがごとし。われ五十余年よねんのせつぽうは、このかせうをまねくがごとし。このゆへに、つたへ玉ひし ところほう、かのおさあひものをいだきとりたるところなり。しかるに、このはなをもてなしてしるべきにあらず。こゝろにもあらず。くちにいひてもしるべからず。この 身苦しんくをよく こゝろえべし。


● ●ぐとん 五十ごじう余年の 説法せつぽうを聞きて、この教えのまゝに 修行しゆぎやうせんとすれば、愚鈍ぐどん 最後さいごのたまふやう、はじめよりおわわりに至るまで一かずといひて、かへつてづから花を差し上げさせ玉ふを、迦葉かせう かすかに笑ひし時、愚鈍の のたまふやう、われまさしきのりのたゝなる心ありとて、はなを許しけるを、如何いかなるいはれぞとや問ひければ、愚鈍ぐどんの玉ふやう、われ五十余年よねん説法せつぽうは、例へば おさあひものをいだかんとする時、うちものあることをひていだくが如し。われ 五十余年よねん説法せつぽうは、この迦葉かせうまねくがごとし。この ゆへに、つたへ玉ひし ところほう、かの おさあひものをいだきとりたる ところなり。しかるに、このはなをもてなしてるべきにあらず。こゝろにもあらず。くちひてもるべからず。この身苦しんくをよく こゝろべし。


※ 「ぐどん」は、愚鈍。釈迦しゃかの弟子のひとり、周利しゅり槃特はんどく。生来愚鈍でしたが、釈迦の教えを守りのちに大悟して阿羅漢果あらかんかを得ました。
※ 「まさしき」は、まさしき。事柄の本性にかなっているさま。
※ 「たゝなる心」は、ただなる心でしょうか。ありのままという意。
※ 「づから花をさしあげさせ玉ふ」は、拈華ねんげ微笑みしょう(禅宗において、以心伝心で法を体得する妙を表す語)のエピソードに基づいています。釈迦が 霊鷲山りょうじゅせんで説法した際、花をひねり大衆に示したところ、誰もその意味が分かりませんでしたが、摩訶まか迦葉かしょうが真意を理解して微笑んだという故事。
※ 「迦葉かせう」は、釈迦しゃかの十大弟子のひとり。摩訶まか迦葉かしょう
※ 「おさあい」は、「おさない」の変化した語。年のゆかない者、子供、幼児。

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

ものしりたる人とはいはるとも、仏法者ぶつほうしやとはいふべからず。このはな三世さんぜ諸仏しよぶつにいで、一乗いちじやうほうとはこのはなのことなり。天竺てんぢくの二十八、たうどの六祖ろくそよりこのかた、ほんぶんの田地でんぢよりほかによのものはなし。一切のものはじめなきゆへに大といふ。こくうより一さいの八しきをいだすなり。たゞはるのはなのなつあきふゆ、草木さうもくいろもこくうよりなすなり。また、四大といふは、すいくはふうことなり。くことにこれをしらず。いきはかぜ、あたゝかなるはのうるほひてちけのあるはみづ、これをやきもうづみもすれば、つちになり、それもはじめなきがゆへに、とゞまるものひとつもなし。


物知りたる人とは云はるとも、仏法者ぶつほうしやとは云ふべからず。このはな三世さんぜ諸仏しよぶついで一乗いちじやうほうとはこの花のことなり。天竺てんぢくの二十八、たうどの六祖ろくそよりこのかた本分ほんぶん田地でんぢよりほかものはなし。一切のもの 始めなき故に大といふ。虚空こくうより一切の八しきいだすなり。たゞ はるの花の なつ あき ふゆ草木さうもくいろ虚空こくうよりなすなり。また、四大と云ふは、すいくはふうことなり。くことに是を知らず。いきかぜあたゝかなるはうるほひて血気ちけのあるはみづ、これをきも うづみもすれば つちになり、それも始めなきが故に とゞまる者一つもなし。


※ 「 三世さんぜ諸仏しよぶつ」は、仏語。過去・現在・未来の三世それぞれに一千ずつ出現する仏。三世さんぜ諸仏しょぶつ三世さんぜ三千仏さんぜんぶつ
※ 「一乗いちじやうほう」は、仏語。悟りを開くための唯一の道である一乗真実の教えのこと。主として法華経を指すそうです。一乗法いちじょうほう
※ 「天竺てんぢくの二十八」は、インドで禅の伝灯を伝えたとされる二十八人の祖師のこと。西天さいてん二十八祖にじゅうはっそ
※ 「たうどの六祖ろくそ」は、唐土の六祖。次のいずれかを指していると思われます。① 唐の時代の僧で禅宗の第六祖 慧能えのう、② 唐の時代の僧で天台宗の中興(第六番目)の祖 湛然たんねん、または ③ 達磨だるま慧可えか僧璨そうさん道信どうしん弘忍こうにん慧能えのうの六人の祖師の総称。
※ 「ほんぶんの田地でんぢ」は、禅問答の「本分の田地」。室町時代に夢窓疎石が書いた『夢中問答集』に「本分の田地」があります。
 『夢中問荅集 3巻 [3]』(国立国会図書館デジタルコレクション)
※ 「八しき」は、八識はっしき。仏語。唯識宗ゆいしきで説く眼識げんしき耳識にしき鼻識びしき舌識ぜっしき身識しんしき意識いしきの六識と、末那識まなしき阿頼耶識あらやしきを加えた総称。
※ 「四大しだい」は、仏語。仏教でこの世の全てを構成する四つの元素。すいふう

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なに事も みないつはりの なりけり
   死ぬるといふも まことならねば

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みな/\まよひのまなこよりは、はしねどもたましいしなぬは大なるあやまりなり。さとる人のことばには もたねもひとつにしぬるといふなり。ほとけといふも、こくうのことなり。天地てんち国土こくど 一切いつさいのほんぶんの田地でんちにかへるべし。

一切いつさいきやう、八万法まんぽうをうちすてゝ、この一まきにて御 こゝろ 候べし。だい安楽あんらくの人に御なり候べし。


皆々みな/\迷ひの まなこよりは、は死ねども たましい 死なぬは大なる誤りなり。さとる人の言葉ことばにはたねひとつに死ぬると云ふなり。ほとけと云ふも、虚空こくうことなり。天地てんち国土こくど 一切いつさいの本分の田地でんちに帰るべし。

一切いつさいきやう、八万法まんぽうを打ち捨てゝ、このまきにて御 こゝろ 候べし。だい安楽あんらくの人に御なり候べし。


※ 「一切いつさいきやう」は、仏教の聖典の経・律・論の三蔵の総称。
※ 「八万法まんぽう」は、八万はちまん法蔵ほうぞう。数多くの釈迦の経典のこと。「八万」は八万はちまん四千しせんの略。仏教で多数の意を表わす語。
※ 「だい安楽あんらく」は、仏語。身心脱落して迷悟めいごを離れた境界のこと。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨:絵入

うきおくも ゆめのうちなる しるしかな
   さめてはさらに とふ人もなし



参考:国立国会図書館デジタルコレクション『一休骸骨』(大正13)『一休骸骨』(1----)

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