【人相学】『武者鑑』白縫姫／鎮西八郎為朝／悪源太義平／夜叉御前

2024年3月4日 14:19

白縫姫しらぬひひめ
姫ひめは、肥後国ひごのくににて、威がを震ふるひし平たひらの忠国たゞくにといへる武士ものゝふの一女ひとむすめなり。為朝ためとも豊後ぶんごに在おはせし時とき、壻むことなりて、この白縫しらぬひを娶めとりて、為次ためつぐといへるを産うませし也。

姫ひめは、女性によしやうに似合にあはぬ大力たいりきにて、善よく長刀なぎなたをつかひ、且かつ、貞節ていせつ類たぐひ稀まれなりしが、為朝ためとも伊豆いづへ配流ながされしと聞きゝて、為次ためつぐを懐ふところにて跡あとをしたひ、尾州びしうまで来きしに、病やまひにかゝりて死しすといへり。

姫ひめは、その以前いぜん、御おん曹司ぞうしに別わかれんとせし時分じぶん、ゆへなくして髪かみの毛け少すこしばかり抜落ぬけおちし㕝ことあり。是これなん良人おつとに生いき別わかるゝか、又または、其その身みにとつて、極ごく不詳ふしやうの相さう顕あらはれしなりしといへり。

※ 「尾州びしう」は、尾張国おわりのくに。

鎮西ちんぜい八郎はちらう為朝ためとも
為朝ためともは、為義ためよしの八男はちなんにて、力膂りきりやう人ひとに勝すぐれ、善よく強弓がうきうを射いるが、保元ほうげんの乱みだれに軍いくさ破やぶれて、伊豆いづの大島おほしまへ流ながされけるが、却かえつてこれを悦よろこび、三宅みやけ八丈はちでうの島々しま／＼を従したがへて、威いを揮ふるふ。其その後のち、官軍くわんぐん茂光しげみつにせめられ、一矢ひとやに軍いくさ舩ぶねを射い破やぶりて、討死うちじにと披露ひろうして後のち、琉球りうきう国こくへ渡わたり、国王こくわうとなりて、今いまに連綿れんめんと子孫しそん繁昌はんじやうすと聞きけり。

為朝ためともは、勇気ゆうき猛然もうぜんとして、筋骨きんこつ逞たくましく、所謂いはゆる荒あら武者むしやなりしが、親おやに孝かうありて、然しかも智仁ちじんあり。面体めんてい別べつに ●かへらずといへど、乳ちゝに長ながき毛け生おひ、腹下豊ほていのぶくろにして、臍へそ深ふかく、都すべて全身そうみの肉にくやはらかなり。是これ、中年ちうねん已上いじやう富貴ふうきを保たもつの相さうなり。

※ 「力膂りきりゆう」は、膂力りょりょく。筋肉の力、腕力。ふりがなの「りきりやう」は、りきりょう（力量）と思われます。
※ 「全身そうみ」のふりがな「そうみ」は、総身。

惡源太あくげんだ義平よしひら
義平よしひらは、義朝よしともの長男ちやうなんにして、十五才の時とき、伯父おぢ義賢よしかたを討うつゆへに、悪あく源太げんたといふ。十九才の節とき、重盛しげもりを待賢門たいけんもんに破やぶり、二十才の時とき、清盛きよもりを躵ねらふ縡こと顕あらはれて、難波六郎なんばのろくらうに殺ころさるゝといへど、後のち、雷らいとなりて経俊つねとしを布引ぬのびきの滝たきに撃うち殺ころすといふ。

古今ここん獨歩どくほの勇将ゆうしやうにて、扶桑ふさうに冠くわんたりといへど、眼中がんちう大に光々くわう／＼として、瞬またゝき至いたつて慌せい敷物しくものを見み詰つめて、眼めを不働はたらかず、毛髪もうはつ赤あかく縮ちぢみて短みぢかかりし。是これ、勇ゆうはあれども、智ちはなき相さうなりしとかや。

※ 「古今ここん獨歩どくほ」は、昔から今に至るまで匹敵するものがないこと。古今ここん独歩どっぽ。

夜叉やしや御前ごぜん
夜叉やしや御前ごぜんは、義朝よしともの女むすめにして、美濃みの国くに青墓あをはかの長ちやう、大炊おほいの娘むすめ千寿せんじゆの生うめる姫ひめなり。十一才さいの時とき、父ちゝ義朝よしともの討うたれ、又また、兄あに義平よしひらは行方ゆくゑ知しれず、朝長ともながは自害じがいし、頼朝よりともは平家へいけに捕とらはれとなるを視みて、女をんなながらも自わらはとて、頭とうの殿とのの女むすめなり。敵てきの手てに死しせんよりはとて、株瀬くひせ川がはといへるへ身みを投なげて死しすは、乙女をとめに似合にあはぬことにて、健気けなげなる心こゝろざしこそ、実げに武士ものゝふに娘むすめなり。

此この姫ひめ、獣目じうもくとて、内眥うちまじつ外眥そとまぶちの肉にく少すこしし眼めの玉たまを覆おほひたり。これ極きはめて水みづに依よりて命いのち終おはるの相さうなりしといへど、尤もつともおしむべき姫ひめなかりし。

※「株瀬くひせ川がは」は、杭瀬くいせ川がわ。岐阜県南西部を流れる川。
※ 「眥」は、まなじり、目尻のこと。

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