嬰薁蟲(ゑびつるのむし)
嬰薁蟲 木の一名 野葡萄
山城国 鷹が峯に 出る物 上品とす。蔓葉花実ともに、葡萄と異なることなし。詩経、六月薁を食 とは是なり。
※ 「詩経」は、中国最古の詩集。五経の一つ。
※ 「薁」は、ブドウ科の植物の蝦蔓のこと。
春月萌芽を出して、三月 黄白の小花穂をなす。七八月 實を結ぶ。小にして圓く、色 薄紫、其 茎吹て氣出づ。汁は 通艸のごとし。
蔓に 往々 盈れたる所ありて、真菰の根に似たり。其中に白き蟲あり。是、小児の疳を治する薬なりとて、枝とも切て、市に售る。
※ 「通艸」は、アケビ科の蔓性落葉低木。通草。木通。
※ 「真菰」は、イネ科マコモ属の多年草。黒穂菌という担子菌類の一種が寄生することで根元が肥大化し、これを食用とします。真菰筍。
然るに、此 茎中に蟲ありと、和漢の書に於て見ることなし。柳の虫、常山のむしも、ともに 疳薬とはすれども、尚 勝れりとは云へり。
南都に眞の葡萄なく、此 實を採て核を去り、煎熬して 膏のごとく 食用とす。又、葉の背に毛あり。乾してよく揉ば、艾綿のごとし。是にて附贅を治す。故に、イボおとしの名あり。中華には、酒に醸し、葡萄の美酒鬱金香と唐詩に見へたるは、是なり。
※ 「常山」は、クマツヅラ科の落葉樹。臭木。漢方ではクサギを「海州常山」と呼ぶそうです。
※ 「南都」は、奈良のこと。
※ 「附贅」は、いわゆるイボのこと。
※ 「美酒鬱金香」は、李白の詩。蘭陵美酒鬱金香(蘭陵の美酒 鬱金香)。蘭陵は地名。
和名ヱヒツルとは、久しく 誤り来れり。ヱヒツルは 葡萄のことにて嬰薁、イヌヱヒ、又、ブトウといへり。されども、古しへより混していひしなるべし。
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