見出し画像

とある二人組と毎年ケーキ受け取り競争してたはなし。

 まただ。今年もあの二人がいる。


 200X年12月23日、伊勢丹新宿店1Fパーキング側出入り口。

 一方的に見知った男性二人組はクリスマスケーキ受け取り競争最大のライバル。ガラス扉の前に立った女性店員が完璧なお辞儀をした瞬間から戦いがはじまる――!


 我が家の年に一度の贅沢は少し早いクリスマスパーティー。ケーキは奮発して伊勢丹新宿店のフェア商品。平成の世は天皇誕生日が12月23日という絶好の日なので、毎年この日にケーキを受け取ることにしてました。

 特設サイトでネット予約するのは株主優待券最強カードを持ってる母ですが、当日の実働部隊は私と父。
 朝早くから車で新宿に行き、父が駐車場待ちをしているあいだに私が出入り口にスタンバイ。

 なぜ予約済みのケーキを受け取るのに開店待ち? 前払い済みなんだからノンビリ行けばいいのでは?

 いえいえ、伊勢丹新宿店のクリスマスケーキ受け取りをナメちゃいけません。

 受け取り会場はレストランフロアの片隅にある小さめの部屋で、少しでも出遅れると入場すら行列待ちです。

 ケーキの引換券を受付に渡してからがまた長い。万が一にもケーキの取り違えがあってはならないからバックヤードで厳重チェックしてるのでしょう。それはありがたいんですが、下手したら30分ぐらい(もしかしたらもっと長い時間)7Fに拘束されてしまう。それはあんまりよろしくない。

 だって第2の戦場デパ地下が私を待ち構えてるから!

 車を停めてきた父にケーキを預けたら、母に買ってくるよう言われたフランスパンやオードブルを買わなきゃいけない。時間が経てば経つほどデパ地下の人口密度や各店舗の行列がすごいことになるので、一刻も早くB1Fに降りたいのです。


 伊勢丹新宿店のクリスマスケーキ受け取りがいかに過酷かお分かりいただけたでしょうか?

 自分の受け取り順を少しでも早くするには出入り口から受け取り会場までの最短ルート把握が必須。特にエレベーター選びは重要で、受け取り会場に近いのはもちろんのこと、開店した時点で1Fに停まっているエレベーターに乗り込まねばなりません。B1Fから乗るのと1Fから乗るのとでは1フロアぶんのタイム差が出るからです。

 そして私と同じことを考える人がいないわけがないのです。くだんの男性二人組は12月23日受け取り組の常連。「走らないでください」を遵守大股で早歩きする場合、どうしても身体能力の差で負けてしまう相手でした。

 ただし、私が彼らを憶えていたのは負け続けの悔しさからではありません。

 この二人組、一つの手につきクリスマスケーキの紙袋を4、5ずつ提げて受け取り会場から出てくる。二人合わせて20台ぐらいのケーキを毎年買っているのだから記憶に残らないわけがない。

 購入代行の商売をしているのか、はたまた憎むべき敵転売ヤーなのか。

 そうと考えるには二人とも身なりが良い。ベンチャー企業の社長もかくやとばかりのオシャレな雰囲気をまとっているのです。都内の一等地にあるオフィスで仲間達とクリスマスパーティーしてるんでしょうか。伊勢丹新宿店の予約ケーキはどれもお高いのに随分と太っ腹です。


 何年も遭遇すればしぜんと(一方的に)親しみが沸くもので、ある年ついに私はとうとう二人組との接触を試みました。

「すみません、毎年ここに来てらっしゃいますよね?」
「ええっ!? そうですけど、なんで知ってるんですか!?」

 突然見ず知らずの女から話しかけられた彼らは自分たちの顔を憶えられていたことに驚いていました。

「いつもたくさんのケーキを持って帰ってるんで……」
「「なるほどねー」」

 このとき以来、私と二人組は毎年12月23日に「お久しぶりです」と挨拶を交わし開店時間まで世間話をする仲になったのです。

 競争は共同戦線となり、彼らが先にエレベーターに辿り着いたときは私が乗り込むまで「閉」ボタンの連打を待ってくれるようになりました。そして受付順が二人組と近い場合、数の差でこちらの方が先にケーキを受け取れるため、私が「お先に失礼します」と言って別れるのが常でした。

 驚いたことにこの二人組、都心のベンチャー企業勤めどころか関東在住ですらありませんでした。

 なんと彼らは遠く広島から朝イチの新幹線で東京までやってきて、ケーキを受け取りしだい広島にとんぼ返りしていたのです。

 数多くのケーキは彼らの「お得意様」へのプレゼントとのことでした。それゆえ広島までの運搬にはたいへん気を遣うそうで、帰りの新幹線は必ず車両最後尾の席を取り、座席と壁のあいだのスペースにケーキを置くのだそうです。いちどケーキのデコレーションがひとつ落ちてしまったことがあり、大変悔しかったと語っていました。

 彼らが何の仕事をしているのかという謎はいっそう深まったわけですが、互いに名乗らない程度の顔見知りに昇格したことでかえって突っ込んだ質問をしづらくなってしまいました。結局、現在に至るまで謎は謎のままです。


「こっちにケーキを取りにくるのは今年で最後なんです」

 二人組が私に「引退宣言」したのは、令和になるとクリスマスケーキの受取期間がすべて平日になる可能性が生まれたからなのでしょうか。翌年から待機時間が寂しくなりますが、私に彼らを引き留める権利はないのです。

「今までありがとうございました」
「ええ、こちらこそ」
「広島までお気を付けて。これからもお元気で」
「そちらもお元気で」

 デパ地下に急がなければいけないのに、名残惜しさのあまり度も頭を下げました。受け取り会場はいつの頃からかあの小さな部屋ではなく同じフロアにある広い「ザ・ラウンジ」に変わっていました。

 たった1つのケーキの箱を持って先に受け取り会場を出たとき、すでに私にとっての平成は終わっていたのかもしれません。


 今年は初めて母が一人でクリスマスケーキを受け取りにいきます。

 受け取り初日は今日。私は文具イベントに年休を使いすぎて仕事を休めず、父はコロナ禍まっただ中に旅行先で起こした自損事故をきっかけに免許を返納済みです。

 受け取り会場は7Fから6Fの催事場に移動し、受付からケーキを受け取るまでの時間は昔では考えられないほど短くなりました。これなら行列嫌いの母でもスムーズにケーキを受け取れるでしょう。

 十数年ぶりに私が伊勢丹新宿店に行かないクリスマス。

 もしかしたらあの二人組が平日を押してあの出入り口に来ているかもしれない、と夢想するのはセンチメントが過ぎるでしょうか。



ご紹介ありがとうございます!


私のサイトマップ


創作大賞2024受賞作

いいなと思ったら応援しよう!

みねのもみぢば
「材料・道具代をカンパしてあげよう」「もっと記事書いて!」「面白かったからコーヒー1杯おごったげよう」と思われましたらサポートいただけますと幸いです(*´ω`*)