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崔洋一、幻の韓国映画『ス』


 小さいながらも魅力あふれるアクション映画を撮っていた映画監督が、やがて大作を手がける巨匠になる。
 一見、けっこうな話に思えるが、そうなると監督自身が撮りたいと思っても、かつてのB級活劇を撮る機会は何かと難しい。2000年代に入り、『血と骨』(04年)、『カムイ外伝』(09年)など、大作が続いた崔洋一が、久々に原点回帰とも言うべきアクションに徹したのが『ス』である。

 日本で生まれ育ち、日本の映画界で活躍してきた崔は、在日韓国人二世の映画監督である。その彼が、単身、韓国で韓国人スタッフとキャストで撮った『ス』は、〈韓国映画〉〈日本映画〉という国籍をボーダーレスにしてしまう試みでもある。

 「ス」の異名で知られる殺し屋テス(チ・ジニ)。彼には19年前に生き別れとなった双子の弟テジン(チ・ジニ2役)がいる。興信所に依頼した弟探しが実を結び、念願の対面がかなう。2人が車を降り、歩み寄ろうとした瞬間――何者かの銃撃でテジンの頭部が吹き飛ぶ。テスはテジンを密かに埋葬し、彼がこれまで何をしていたのかを探る。テジンは警官だった。しかも凶悪犯罪班に赴任しようとしていた矢先だった。弟の風貌を真似たテスは、テジンとして警察に潜入する。復讐のために……。やがて、テジンを殺したのが19年前に生き別れの原因となった麻薬組織のボス、ク・ヤンウォン(ムン・ソングン)だと明らかになる。

 シン・ヨンウの漫画『ダブル・キャスティング』を大幅に脚色した本作は、復讐をテーマにしていることもあり、韓国公開時には『オールド・ボーイ』(03年)との比較で語られることもあった。しかし、韓国映画特有の過剰な暴力描写を抑制して描く崔演出には、日本映画の血が流れていることを感じさせる。
 冒頭の地下駐車場での激しくも執拗なカーアクションからして、日本映画では実現不可能な規模だが、80年代の崔映画が持っていた切れ味鋭いアクションが、より大がかりに、発揮されていることに興奮する。
 と言っても、日本映画が海外ロケした時のようなハシャギや気取りは皆無である。崔がチーフ助監督を務めた松田優作主演の『最も危険な遊戯』(78年)や、監督した『友よ、静かに瞑れ』(87年)、『襲撃 BURNING DOG』(91年)などのB級アクション映画のスピリットが流れこみ、韓国映画との異種混合が実現したフィルム・ノワールに仕上がっており、韓国映画のリメイクが増えてきた日本映画は、本作のテイストが参考になるのではないか。

 主演はテレビドラマ「宮廷女官 チャングムの誓い」(03~04年)で知られるチ・ジニ。崔の印象を「ヤクザかと思った」と正直な感想を述べつつ、長回しでねちっこくアクションを撮る演出に応えている。敵のボスを演じるムン・ソングンは風貌といい、首を動かす仕草といい『血と骨』のビートたけしを思わせる威圧感で圧倒する。

 撮影現場では美術部が忽然と失踪。助監督やスクリプターが、のべ13人交代するという事態(そこに何があったかは、後年のためにも検証されるべきだろう)があったとは思えないほど、初期の崔作品の歯切れの良いアクションと、近年の円熟味を増した演出が合致したかのような印象をもたらす快作である。
 本来ならば、日本でも崔洋一の新境地として話題になるべき作品だったが、国内の上映権利が高騰し、映画祭での上映後にDVDリリースされたのみとなったのが惜しまれる。


※『映画秘宝EX 映画の必修科目02 激辛韓流映画100』(洋泉社)寄稿の拙稿を修正加筆。

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