吉田伊知郎/モルモット吉田
日々目にした映画に関係する書物と、それに関連した映画本にまつわる話を書いています。 2017〜2018年にかけて、フリーペーパー『映画秘宝セレクション』で連載した『映画本 読み買い日記』を『映画本読買日記』として復活させました。
映画監督伊丹十三とは何者だったのか? 伊丹十三と伊丹映画を、13本の記事と4本のコラムをもとに再発見する特集です。
新作映画の感想
1997年12月20日。 わずか3か月前に最新作『マルタイの女』が公開されたばかりの映画監督・伊丹十三が突然の死を遂げた。13年にわたる伊丹映画の唐突な終焉だった。 当時、テレビのゴールデンタイムで繰り返し放送されていた伊丹映画もやがて姿を消し、伊丹の名は急速に過去のものになるはずだった。 しかし、伊丹十三と伊丹映画は、過去の遺物とはなることなく、何かが起きるたびに、まるで予感の映画を撮っていたかのように、伊丹映画の話題が出てくる。 没後25年を迎えた今年、日本映
1月X日 吉祥寺パルコ地下の新春古書市で『小津安二郎戦後語録集成』(フィルムアート社)が安くなっていたので購う。小津の研究で知られる田中眞澄氏が手がけた名著。若い頃から国会図書館で新聞・雑誌を閲覧し続け、映画に関連する記事を広告の裏に改行位置も含めてそのまま書き写したという。それが『小津安二郎全発言〈1933~1945〉』(泰流社)と本書へ結実した。市川崑や大島渚でこんな本を作ってみたいが、戦後の監督ですら全発言を追うとなると気が遠くなる。 井の頭線で渋谷へ出て、シネマ
12月X日 アップリンクで小林勇貴監督『へドローバ』を観る。まさか年の瀬も迫って、こんな傑作を目にするとは。ケータイで撮った軽い映画だろうと思って油断して観に来たら、風呂場での全裸アクションを筆頭に圧倒的な場面が続く。 帰宅後、各映画雑誌のベストテン投票紙の順位を慌てて書き換える。興奮冷めやらぬまま、『実録・不良映画術』(小林勇貴 著/洋泉社)を読む。『若松孝二・俺は手を汚す』(ダゲレオ出版)、『あの娘をペットにしたくって』(井筒和幸 著/双葉社)と並ぶヤンチャかつ誠実な
7月X日 『特撮秘宝』の小沢さんから相談を受けていた『市川崑「悪魔の手毬唄」完全資料集成』の打ち合わせに洋泉社へ行く。 未公開の膨大なスチールを見せられて驚く。これをメインにした本になるらしい。基礎資料となる劇場パンフレット、プレスシート、公開時に関連記事が載った映画雑誌、新聞記事、『完本 市川崑の映画たち』(市川崑・森遊机 著、洋泉社)の森さんが学生時代に作ったパンフレット『崑』、美術監督によるセットの図面と解説が載る『村木忍の作品』(南斗書房)、編集の長田千鶴子さんが
1月X日 109シネマズ大阪エキスポシティで『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を観た後、MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店へ。東京と関西近辺のジュンク堂しか利用したことないが、ここが最も落ち着く。広さ、在庫数、混みすぎない店内といい申し分ない。 今年最初の映画本なので(厳密には映画本ではないが)、買い逃していた『上原正三シナリオ選集』(現代書館)を購入。特撮作品を中心に50本が収録されているだけあって辞書の様な分厚さ。5千円を超えるが特撮関係は油断すると入手
12月X日 外苑前で試写を観た後、歩いて青山ブックセンターへ。映画本コーナーで四方田犬彦の新刊『署名はカリガリ 大正時代の映画と前衛主義』(新潮社)を見つけて購入。『新潮』へ断続的に掲載された谷崎潤一郎、溝口健二、衣笠貞之助と映画にまつわる論考だが、衣笠の『狂った一頁』以外は現存しないフィルムについて論じているのが面白い。 四方田氏は『俺は死ぬまで映画を観るぞ』(現代思潮新社)で「現在、日本で映画史研究家と試写会に通う評論家とは、まったく棲み分けを異にしている。前者は特定
『ぴあ』は東京を映画都市に変えてしまった いささか惹句めいた言い回しに思えるが、『話の特集』(1983年7月号)で、映画評論家・蓮實重彦との対談に挑んだ伊丹十三は、「『ぴあ』は東京を映画都市に変えてしまった」と興奮気味に語っている。 つまり、雑誌『ぴあ』の出現で、思い立った瞬間に見知らぬ町の映画館で何時から何が上映されているかを把握できるようになった。そればかりか、名画座やオフシアターでの自主上映会も網羅されるようになり、それらの情報を蓄積すると、東京はパリにも劣らない〈映
Blu-ray化された『獄門島』 先ごろ『悪魔の手毬唄』(1977)と同日にBlu-rayがリリースされたのが、市川崑監督×石坂浩二主演の東宝金田一シリーズ第3弾『獄門島』(1977)。横溝正史最高傑作の二度目の映画化である。 戦友が預かった手紙を、瀬戸内海の小島へ代理で持参した金田一耕助(石坂浩二)。島の二大勢力の一方である本鬼頭の娘たちが次々と殺されていく謎を追う本作は、原作の印象を損なうことなく映画化してきた市川版で初めて犯人を原作と変更。その理由は、原作の執筆
坂本龍一の50年近いキャリアの中でも、特筆すべき項目のひとつが、『ラストエンペラー』によって第60回アカデミー賞作曲賞を受賞したことだろう。 エンニオ・モリコーネをはじめとする映画音楽の巨匠たちが、監督のベルナルド・ベルトルッチへ、我こそはとアピールするなかで、坂本が音楽も手がけることが決まったのは、撮影終了から半年後。ベルトルッチは当初、坂本を〈俳優〉として起用しただけだった。 俳優・坂本龍一の誕生は、今やクリスマスのスタンダードナンバーになったMerry Chri
俳優時代の伊丹十三といえば、監督デビュー直前の時期にあたる『家族ゲーム』『細雪』の印象が強いかもしれないが、筆者が〈俳優・伊丹十三〉で1本を選ぶなら、『吾輩は猫である』で演じた美学者・迷亭役を挙げたい。 おなじみの夏目漱石の同名原作を、市川崑監督によって映画化したもので、苦沙弥教師役には仲代達矢が扮している。 猫が主人公の映画というのは撮影に苦労しそうだが、すでに『私は二歳』で赤ん坊を主人公にした映画を見事に傑作に仕上げた市川崑からすれば、技工を凝らして猫を擬人化させ
遂に、遂に――市川崑監督×石坂浩二コンビによる東宝金田一シリーズのBlu-ray化が始まった。1月18日発売の『悪魔の手毬唄』『獄門島』に続いて、2月15日には『女王蜂』『病院坂の首縊りの家』がリリースされる。 と言いつつ、2006年にDVD-BOX「金田一耕助の事件匣」が発売されたときのような高揚感がないのは、BS、CS放送、配信でも使用された既存のHDマスターを使用したBlu-ray化らしく、2021年に発売された『犬神家の一族 4Kデジタル修復版』みたく、目が冴える
吉田 伊知郎 (モルモット吉田) 1978年、兵庫県生。 大阪芸術大学 映像学科 卒業。 映画評論家・映画ライター・文筆業 連絡先:molmot1@infoseek.jp 雑誌『キネマ旬報』『映画芸術』『ユリイカ』、web『CINEMORE』『otocoto』『リアルサウンド』、アプリ『ぴあ』ほか、新聞、Blu-rayブックレット等に執筆。 「キネマ旬報 ベスト・テン」「映画芸術ベスト&ワースト」「映画秘宝ベスト&トホホ」「毎日映画コンクール」選考担当。 現在、雑誌『キ
『お葬式』以前より監督作を模索していた伊丹が、具体的な構想を固めていた企画がある。それが、家出した若い娘たちが信仰集団の中で共同生活を送ることが社会問題化した「イエスの箱舟事件」の映画化。 この事件は結局、社会や家庭から居場所を奪われた者たちが寄り添って共同生活を行う場でしかなかったため、千石は不起訴となって過熱していたマスコミ報道も沈静化。再び彼らは共同生活へと帰っていった。 この騒動に伊丹は興味を持ち、自らの監督・主演で映画化を企画。脚本家・池端俊策に脚本執筆を依頼
伊丹十三は映画監督になると同時に、俳優業をピタリと止めてしまったが、最初からそう志向していたわけではない。実際、長編監督デビュー作『お葬式』では、江戸家猫八が演じた葬儀屋の役で出演することも検討したというが、キャスティングが決まってみると、自分が出る役がなくなっていたことから、監督へ徹することになった。 その後、特報を除けば、伊丹が自作に登場することはなかったが、関連作では、怪演を見せている。有名なところでは、伊丹が製作総指揮に立ち、黒沢清が監督した『スウィートホーム』に
アメリカでヒットした異色の日本映画 伊丹十三の監督デビュー作から3作目までの絶好調ぶりを、『キネマ旬報』のベストテンのランキングと、配給収入の数字から見てみると以下のとおり。 『お葬式』(『キネマ旬報』ベストテン1位/配給収入12億円) 『タンポポ』(『キネマ旬報』ベストテン11位/配給収入6億円) 『マルサの女』(『キネマ旬報』ベストテン1位/配給収入12億5千万円) こうして並べると、『お葬式』(84年)と『マルサの女』(87年)に比べれば、『タンポポ』(8
伊丹十三は、自らが設立した伊丹プロダクションで製作費を全額出資して映画を作り続けてきた。デビュー作の『お葬式』は低予算(と言っても1億円以上かかっている)だったものの、伊丹プロの自主映画である以上、ヒットしなければ次回作をつくる目処は立たない。 映画製作における予算配分で、重要な判断を求められるのが、どのシーンをロケーションで撮影し、どのシーンをセットに持ち込むかである。低予算映画ならば、オールロケーションも珍しくない。実際、『お葬式』は、大半のシーンを伊丹の自宅で撮影