[report]『安部公房展』(県立神奈川近代文学館)
開催情報
神奈川近代文学館開館40周年『安部公房展 ー21世紀文学の基軸』
場所:県立神奈川近代文学館(神奈川県横浜市)
開催日:2024.10.12.sat-12.8.sun
入館料:800円(一般)
内容:安部公房 生誕100年を記念し、初公開・初展示を含む数々の資料により、時代の先端をとらえ続けた表現者・安部公房の全貌に迫るとともに、21世紀の今日において安部作品のテーマが持つ意味を問い直す。
※ 撮影可表示の展示のみ撮影可。(映画撮影に使用したダンボール箱と、書斎を再現したコーナーのみ撮影可)
主な登場人物
安部浅吉(1898-1945)
医師。公房の父。満州エスペラント連盟代表。安部ヨリミ(1899-1990)
公房の母。著書「スフィンクスは笑ふ」。石川淳(1899-1987)
公房と師弟のような間柄。困窮する公房を経済的にも支えた。阿部六郎(1904-1957)
公房の高校時代の恩師。千田是也(1904-1994)
演出家。俳優。埴谷雄高(1909-1997)
ドナルド・キーン(鬼怒鳴門)(1922-2019)アメリカ(日本)
安部公房(1924-1993)
安部浅吉・ヨリミの長男。三島由紀夫(1925-1970)
安部真知(山田真知子)(1926-1993)
1947年、公房と同棲。1950年、公房と入籍し結婚。画家。井村春光(1927-?)
公房の弟。母方の井村家の養子となる。勅使河原宏(1927-2001)
芸術家。草月流三代目家元。堤清二(1927-2013)
西武流通グループ代表。詩人、小説家・辻井喬。「安部公房スタジオ」を後援。金山時夫(1929-1946)
公房の同級生。友人。武満徹(1930-1996)
作曲家。安部ねり(1954-2018)
安部公房・真知の長女。医師。山口果林(1947-)
女優。「安部公房スタジオ」に参加。
関連書籍
公式図録『生誕100年 安部公房』平凡社
ISBN : 9784582207378『安部公房写真集』新潮社
ISBN : 9784103008125鳥羽耕史『安部公房』ミネルヴァ書房
ISBN : 9784623097821安部ねり『安部公房伝』新潮社
ISBN : 9784103293514山口果林『安部公房とわたし』講談社
ISBN : 9784062817431(文庫)/ 9784062184670(ハードカバー)
関連ページ
↓ 県立神奈川近代文学館 公式note
機関紙「神奈川近代文学館」166号掲載の、恩田陸(作家)、沼野充義(ロシア・東欧文学研究者)、秋元薫(県立神奈川近代文学館 展示課)の安部公房展記念特集記事を期間限定(2024.12.8まで)で公開。
章構成覚書
Section.0
序章 世界文学としての安部公房
「砂の女」は30以上の言語に翻訳→作品世界の普遍性
Section.1(0~23歳頃)
第 1 章 故郷を持たない人間
東京生まれ、旧満州育ち、原籍は北海道
数学の天才、軍事教練は最低評価の「丁」(主に態度が理由で)
小説、詩を書く。絵手紙も書いた。
ポー、ドストエフスキー、リルケ、ニーチェ、ハイデッガー、ヤスパースを読む。
1946年 本土に引き揚げ
1947年「粘土塀」(「終りし道の標べに」に改題)
Section.2(23〜35歳頃)
第 2 章 作家・安部公房の誕生
文壇デビュー
前衛芸術運動のグループ「夜の会」「世紀」「下丸子文化集団」「現在の会」
1951年「壁―S・カルマ氏の犯罪―」(芥川賞受賞)
日本共産党に入党
1956年 東欧の社会主義国を歴訪→社会主義に批判的になる
SF黎明期の作品「R62号の発明」「鉛の卵」「第四間氷期」
Section.3(29〜49歳頃)
第 3 章 表現の拡がり
1950年代 ラジオのドキュメンタリー番組のシナリオを執筆
1953年「壁あつき部屋」映画脚本担当
1955年「制服」舞台作品
1958年「魔法のチョーク」テレビドラマのシナリオ
1960年代「砂の女」「他人の顔」「榎本武揚」「燃えつきた地図」
→公房の脚本により映画化・舞台化
カメラにのめり込む
1973年「箱男」
ドナルド・キーン
車好き。簡易着脱式タイヤチェーン「チェニジー」を発明。
Section.4(49〜55歳頃)
第 4 章 安部公房スタジオ
1973年 演劇集団・安部公房スタジオ
第1回公演「愛の眼鏡は色ガラス」
1977年「密会」
1976年シンセサイザーを入手
1979年「仔象は死んだ」(アメリカ公演)→スタジオ活動に終止符
Section.5(56〜68歳頃)
終章 晩年の創作
1980年 箱根の別荘に拠点を移す
NEC「文豪NWP―10N」
1984年「方舟さくら丸」
1987年 がん告知を受ける
1991年「カンガルー・ノート」
1993年 死去。(68歳)
美術家・安部真知
公房作品の装幀、挿絵、舞台美術を担当した。
感想
…そう語った作家の生誕100年の回顧展。
展示室冒頭・序章では、これまでに出版された本、外国で翻訳され出版された本がズラリと並ぶ。
翻訳本の多くは「砂の女」と思われるが、英語や中国語はともかく他の言語は読めなくて、どの作品か、どの国なのかと考えるのが楽しい。
日本語版は、安部真知装幀本が並ぶ。(現在、書店に並ぶ新潮文庫は、公房が撮影した写真を使った近藤一弥デザインのカバー)
挿絵や装幀の多くを安部真知が手がけていたことを初めて知った!
正直、今まで誰の作か気にしていなかったが、真知の挿絵と装幀がなかったら、公房はこれほど強く私の中に残らなかったかもしれない。
第1章は公房10代の頃の手紙や原稿が並ぶ。尖った雰囲気の文章。
下宿の窓から見た景色を描いた絵葉書や、数学のノートもある。
ノートは後輩に譲ったそうなので、後輩が大事に持っていたのだろうか。
個性的な父母についても紹介がある。
第2章…公房の描いた絵「エディプス」があり、こんな絵も描いていたのかと驚いた。
1956年東欧旅行先から真知に宛てた手紙、娘のねりに猫のおもちゃを買って帰ろうと思うという文と共に、猫の絵が添えられているのが可愛らしい。
第3章…ドナルド・キーンが公房作品を英訳する際に公房に質問した回答の手紙が!これは全部、読みたい!
図録を買ってみたが、図録には載っていなかった。残念。
…これはどこにあるのだろう?スター東亜図書館のドナルド・キーン宛書簡コレクションというやつなのだろうか?どこかで読めないかなあ…
3章は、公房の写真も展示。
公房発明の簡易着脱式タイヤチェーン「チェニジー」の展示もあり。
第4章。短いダイジェスト版だが「仔象は死んだ」の映像がTVで流れている。
第5章になると、公房は箱根に引き篭もってしまったので、淡々と物が置かれている印象。
箱根で使っていたワープロやフロッピーディスク、ワープロによる創作メモプロット、メモボードなど。自作オブジェも面白い。本当、器用だなあ。
展示の最後は近藤一弥のインスタレーション《繭の内側》。
故郷を持たない公房の普遍性、エスペラント語やクレオール語に興味を持っていたこと、写真・映像・演劇・工作・発明など広範囲の創作が印象に残った。
撮影可は二ヶ所のみ。
2024年の映画「箱男」は、上映館が遠く、ぐずぐずしているうちに上映終了してしまった。頑張って観に行けばよかった。
「砂の女」も「他人の顔」も、何一つ観ていない。
武満徹も好きなので、どんな風に音楽が使われているかも気になる。
もう一つの撮影可のコーナーは最終章、5章の最後のほう。
本館1階 閲覧室「安部公房読書コーナー」
「安部公房展」展示室内に「本館1階 閲覧室に特設コーナーを設置しているのでぜひご覧ください」という旨の張り紙があり、文学館もかなり推していると思うのだが、こちらまで足を伸ばす人は少ないようだ。(少なくとも私が行った時は)
しかし!ぜひ立ち寄ることをお勧めする!
(展示館を出て、左手の階段を降りたところが本館)
1958年「たのしい三年生」掲載の「アジキリはかせのこまったはつめい」は、馬場のぼる絵の異色コラボ。(アジキリ博士が人間の幸福を作る機械を発明するが…「にんげんにひつようなのは、おなかが いっぱいだとかんじることではなく、ほんとうにえいようになるものを、ほんとうにたべることなのだ」)
フォト&エッセイ「都市を盗る」掲載の芸術新潮、2024年発売の安部公房写真集(1万5千円なので、ポンと買えない)、安部ヨリミ「スフィンクスは笑ふ」、武満徹対談集「音楽の庭」、他にも貴重な本や雑誌を手に取って座って読める。
(…展示室で、ガラスケース越しに中腰で眺めるのはトテモ疲れる…)
他にも、夏目漱石の初版本や復刻本などもある。
本館は無料(複写代は有料)。このためだけに来てもよいかも。
県立神奈川近代文学館は、港の見える丘公園内にある。
お隣は大佛次郎記念館。