ひとりでは抱えきれない真実
死刑宣告を受けたかのような顔つきだっただろう。
目的もなくそこらじゅうを歩きまわった、ただひたすらに。
まずはカラダの中で今起こっていることを自分なりに整理して理解して、、
誰に伝えよう。
誰にも言わず何事もなかったかのように過ごしてみようか。
多摩に住んでから都心でお茶をすることなんて滅多になかったのでゆっくりできるカフェすら思い浮かばない。
行き当たりばったりのお店はコロナでどこもテイクアウトメニューばかり。
自動販売機でいろはすを一本買い、車中のシートを思いっきり倒し両目をつむり物思いにふけった。
まずは母親そして妻に伝えるのが筋だろう。
いやいや、だめだだめだだめだ
それは絶対だめ、言えるはずもない。
僕を愛してくれている人ほど癌の告白はネガティブアピールになってしまう。
自分でさえ見えない1年後の自分、それなのに現状を告白して
「僕は大丈夫、絶対に治るから心配しないで」
演技でも言える自信がない。
母親より先に死ぬことの意味を考えた。
母親が僕を看取るなんて絶対にさせたくない。
その情景を想像しただけで涙が頬を伝った。
まだ幼い子供達と妻が僕を看取る、、
そんな辛い思いも絶対にさせたくない。
死への恐怖心と背負っている責任感が僕を益々弱気にさせた。
手持ち無沙汰でiPhoneの写真を適当にスクロールしてはその頃を懐かしみ今すぐにでも戻りたいと思った。そんなことをずっと車中で繰り返していた。
なかなか現実を受け入れられない。
そろそろ夢なら覚めてくれ!!
まずは誰かに伝えたい、現状を、自分だけではもう抱えきれない。
再び目をつむってみた。
やさしくあたたかい仲間たちの顔が次々と思い浮かんできた。
それはトライアスロンチームメンバーの顔だった。
今の僕にとってこのチームで様々なことを挑戦できることが生き甲斐でもあった。
このチームにはポジティブ志向のひとしかいない。
トライアスロン、トレイルラン、ウルトラマラソン、きついきついと言いながら
苦楽を共にしてきた仲間がいるんだそこには。
僕はみんなのことが本当に大好きだった。
おもむろにメッセンジャーを開き、思うがままの言葉を綴りチームキャプテンと監督に癌の報告をした。
それだけで本当に救われた。気分が楽になった。
突然の肺癌の告知から車中で過ごしたこの数時間、、
いろはすに口をつけることもないまま時は過ぎ、、
100円パーキングの清算は5500円。
多摩ではあり得ない駐車料金に驚愕した。
打ちのめされっぱなしの1日の出来事が僕の記憶の中に深く刻みこまれた。