遮二無二
僕は元々カラダが弱く、川崎病も患っていたので心臓にも障害があって幼い頃から病院通い、運動制限があって体育は見学ばかりでした。
人って制限されると、その抑制が外れた時めちゃくちゃハジけませんか?
僕のお母さんはあまりうるさいことを言わない人でしたがコーラだけは飲ませてくれなかったので、、
お小遣いは全部と言えるほど瓶コーラに費やしていました。笑
飲んでいる現場をお母さんに見られたらヤバイのですべて一気飲みです。笑
今でも特技は?と聞かれるとコーラの一気飲みです!と答えます。
当時、瓶をお店に返すと20円もらえたり、スーパーマングッズが当たるくじ引きが付いていたりで大盛り上がりだったんです。
話しが脱線してしまいましたが、運動制限が解除された高校1年の僕は、もっとも激しいスポーツを即決しました。
「都立青山高校ラグビー部」
に入部です。
またの機会にお話ししますがラグビー部との出会いは僕の人生を大きく変えてくれました。
練習はきつくてきつくて、、いまだにあれより辛いことを経験したことはありません。
だから、産婦人科の仕事ってきついんでしょ? よくやるよねー
とか仕事やりながらトライアスロンってもはや鉄人だねー
なんて言われるんですが、まったくもって辛さを感じません。
ラグビー部の地獄の夏練に比べたら、、
子供の頃に染み付いた辛さに耐えるという快楽が抜けきらないまま大人になってしまいました。
後先考えずにただひたすらにむしゃらに突き進む
赤枝医院を開業してから数年間、外出ゼロ、運動ゼロの生活でした。
仕事だけに集中し周りもみえません。
もちろん家族や自分へのケアもなし。
そんな僕に見かねた事務長の市川が僕を誘い出してくれました。
「明日の夜、富士山に登る、シューズとリュックを用意して!!」
登山なんてまったく興味なし、僕は断りました。
でも市川は引き下がりません。
嫌嫌、車に乗せられて富士山へと身を輸送されてしまいました。
目標を与えられると、ただ無心でそれを達成するために突き進む性質を知ってか知らぬか、、
いざ登山が始まると無我夢中で頂へと導かれました。
気づくと市川は近くにいませんでした。笑
フォレスト・ガンプ・赤枝
超自己中ですよね、これって一緒に登山に行ったらあり得ない行為ですよ。
トイレが有料なことも知らず、てっぺんに近づくほど売店で売ってるものもトイレの入場料も高くなるという、、無一文の僕にはなす術がなく、頂上のベンチで寝て待つしかありませんでした。
ん?なんだか心地よい感じ、懐かしい匂いがするぞ。
2011年夏の富士登山が私の肉体に再び火を灯してくれることになったのです。