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運河についての雑学⑤ 教え子の献身
前回は、スエズ運河の建設を主導したレセップスの、若き日の外交官としての活躍、そして挫折について書きました。
今回は、ある出来事をきっかけに、失意に沈んでいたレセップスが急転直下、スエズ運河の建設に取り掛かることになります。
前回の記事はこちら
です。
1,急転直下
レセップスは、外交官としてのキャリアを放棄し、農園で今までとは異なる生活をしていました。
もっとも完全に失意に沈んでいたわけではなく、馬の品種改良に携わるなど相変わらず探究心の塊だったようです。
実は、彼が農園に引っ越してからも、かつての教え子(サイード)
との関係は続いていました。彼の農園には、サイードから度々プレゼントが贈られていたようで、品種改良のベースになった馬も、サイードから贈られた駿馬でした。
そして、エジプトにパイプのあった彼は、農園の仕事をしながらスエズ運河建設の夢も諦めきれず、エジプトの様子を探ります。
しかし、1848年に即位した太守、アッバース・パシャ
は、先代のイブラーヒーム・パシャや初代ムハンマド・アリ―と異なり、従来の近代化政策に批判的でした。
スエズ運河の建設は当面不可能であると判断したレセップスは、農園の仕事と家族との生活を大切に過ごします。
そんな中、1853年、彼を悲劇が襲います。何と、黄熱病により妻と、5人の息子の内3人が亡くなってしまったのです。
失意のレセップスは、それからおよそ1年、暗澹たる気持ちで残された2人の息子と共に暮らすことになります。
2,あの少年が…
しかし1854年7月、彼のもとに驚くべき連絡が舞い込みます。
アッバース・パシャが急死(公式には病死だが、宮殿で暗殺されています)し、あの少年サイードが太守に就いたというのです。
勿論、彼が家庭教師をしたのはエジプト在任期間ですので、サイードも既に32歳。立派な大人になっています。
レセップスは早速、サイードに手紙で祝意を伝えました。
サイードは恩師からの手紙を非常に喜び、是非エジプトに来てほしいと招待状を送ります。同年11月、エジプトを訪れたレセップスを待っていたのは、想像を超えた歓待でした。
レセップスはアレクサンドリアにある太守の離宮、ラス・アル・ティン宮殿
に招待され、夢のような日々を送ります。
そして毎日のように、太守となったサイードと思い出話、そしてエジプトやヨーロッパのことについて話に花を咲かせました。
しかし、レセップスはここでは運河建設の話題に触れなかったと言われています。まだ近代化政策やヨーロッパに対して批判的だった先代が亡くなって日が浅く、エジプトの高官にも同じ考えの人物が少なくなかったからです。
そこで彼は、外交官時代と同じく、得意の射撃や馬術の腕前を披露することで政府高官の信頼を勝ち取ろうとします。
3,そしてその時が訪れた
レセップスがアレクサンドリアの土を踏んでからおよそ2週間。彼はついに意を決します。彼はサイードのもとを訪れ、心に秘めていたスエズ運河の建設計画について、堰を切ったように熱く語ります。
その熱意に触れたサイード。実はサイード自身も、太守に就いた以上、何か大きな功績を残したいと考えていたところでした。サイードとレセップスはカイロに戻って話し合いを重ねます。そしてさらに2週間後、にレセップスはスエズ運河建設の許可証を与えられたのです。そこには
スエズ運河を造るための、万国会社設立のただ1つの権利を、フェルディナンド・ド・レセップスに与える。
と記されていました。
遂にレセップスは、長年温めていた夢の実現へのパスポートを手にしたのです。
サイードは、運河建設のためのバックアップも約束します。しかし、エジプトの財力だけでは運河建設の莫大な費用を賄うことはできません。
さらに、フランス人であるレセップスの動きに神経をとがらせていた国があります。イギリスです。
イギリスは、前太守アッバース・パシャの時代、エジプトに鉄道を建設するなどエジプトへの影響力を着々と高めていました。
そんなイギリスにとってレセップスは邪魔な存在でした。もし、万一スエズ運河が完成すれば、アジアとヨーロッパを結ぶ航路へのイギリスの影響力は大きく低下する可能性があります。
これらの状況を考えると、決して順風満帆…とは言えない船出です。
しかしレセップスは、親戚への手紙で「一人になってもこの工事をやり遂げる」と強い決意を語っています。
果たして巨額の資金調達やイギリスの反感などの障害を彼はいかにして乗り越えていくのか…。
次回は、ついにスエズ運河が着工します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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