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小説 「六等星の煌き」 4

4.愚者との謁見

 カンナと私は鉄道を乗り継いで旅を続け、いよいよ約束の日の朝が来た。
 私は、彼女と同じ部屋で就寝することに、何らの抵抗も緊張も感じなくなっていた。

 今日は、あの忌まわしきベイクウェル室長に、会わなければならない。起きた瞬間から、ずっと気が重い。
 私はこの宿で、昨日のうちに「リュウバの街への隕石落下」という予測の根拠として持ち歩いている記録の複写と、それについての検証を依頼する書状を、2部ずつ書き上げて封書としていた。観測所の関係者に手渡すためである。
 風呂には昨夜も入ったが、朝飯の後にも改めて入り、可能な限り清潔な装いで、観測所に程近い場所まで走る列車に乗り込んだ。


 終着駅で列車を降り、観測所のある岩山を見上げる。私も、4年ほど前までは、あそこの寮に住んでいたのだ。忌まわしい記憶もあれば、良き思い出もある。
 ただひたすら自己研鑽に明け暮れ、父の教え子であるシアーズ室長に、幾度となく教えを乞うたのを、よく憶えている。

 岩山の上にあるとはいえ、国立の観測所には日々 多くの人が出入りするため、山の斜面には石の階段が造られ、常に整備されている。険しい岩山を登っているという気がしない。

 岩山の頂きにそびえ建つ、王神教おうしんきょうの神殿を模したかのような巨大な建物の入り口には、常に武器を持った守衛が複数人 立っている。
 私達は、彼らに身分証を提示してから、通された部屋で武器を預けた。その部屋に常駐する 守衛ではない職員が室長秘書に内線をかけ、確認が取れたということで、私達は入室許可証を受け取った。
 許可証を首から下げ、私が在籍中には嫌というほど歩いた廊下を2人で進み、うんざりするほど長い階段を上がった。
 目的の階層に着く頃には、すっかり息があがり、汗をかいていた。横に居る彼女は、まだ涼しい顔をしている。脚が悪いとはいえ、心肺の鍛え方が違うのだろう。
 私は、持参した水を飲んで息を整えてから、いよいよ約束の部屋へ向かった。

 在籍中なら無言で出入りしていた研究室の扉を、きちんとノックする。私達が訪ねてくると知っていた秘書が、速やかに出てきて招き入れてくれた。
 若い研究者達の机が並び、資料と記録用の帳面で溢れ返っている研究室の奥に、室長の書斎がある。
 もはや、その書斎は来客を通すための応接室であり、室長自らが何かしらの「仕事」や「研究」をしている形跡が無い。その点は、私の在籍中から変わらない。壁際の書棚には理路整然と書籍が並び、仕事机の上には筆記用具ひとつ無い。在るのは時計と、タイプライターのみである。
 私が教えを乞うていたシアーズ室長の書斎は、若手の机周りと同じように、書棚に収まりきらない古びた書籍と記録用紙で溢れかえり、壁には我が父の【天体図】が貼られ、仕事机の上は帳面や筆記具、書簡で溢れ返っていた。彼は、会議や会食などよりも、自己研鑽のための読書や筆記に時間を割く 真っ当な室長であった。

 通された書斎には、持て余された仕事机の他に、応接用の机と椅子が置かれている。ベイクウェル室長は、既に そちらの椅子に腰掛けている。
 醜く太った身体に、禿げた頭、老獪な目つき、いやに整った口ひげ……見ているだけで、むかむかする。
「お忙しい中、お時間をくださり、誠にありがとうございます」
「ふん。汚らしい旅装だな……。そちらの若造は何者だ?観測所の技師か?」
「彼女は、当観測所の守衛です。私の護衛として、同行させました」
女子おなごなのか!?その風貌で……!」
応える必要はない。私達は黙る。
 秘書に促されて、室長が座る椅子の向かい側に置かれた2つの椅子に並んで座る。
 秘書自身も用意された椅子に座り、応接用の四角い机の辺のうち、三方に人が居る形となった。
 秘書が話を通していたのだろう。室長が、いきなり本題に入る。
「あの新彗星が『隕石』だと思うておるそうだな?」
「左様でございます」
「根拠は?」
私は、持参した観測記録と計算結果、落下が予想される範囲を記した地図を机に広げ、それについて解説した。
「彗星と呼ぶには、暗すぎるように思われます。『隕石である』と想定して、住民や軍の関係者に避難を呼びかけるべきであると存じます」
「……見ても良いかね?」
「どうぞ、ご覧ください」
室長は、記録や地図を回転させて自分が正方向で見られるようにした。
 黙って、まじまじと見ている。
「コリンズ君、計算機を持って来てくれ」
「はい」
老眼鏡をかけ、秘書に持ってこさせた計算機のキーを叩き、数値を確かめる。
 老眼鏡を外し、首をかしげる。睨むように私を見た後、せせら笑う。
「くだらん!」
私はあえて応えない。
「この紙に書かれた文字や数値だけを見れば、確かに、リュウバの近辺に落ちそうな気もするがな!!しかし、これは『隕石だ』という『思い込み』に基づいた演算であろう?我々の観測記録とは、明らかに ずれている!」
(ずれているのは、そちらの方だ……!!)
 室長は、私に記録を突き返し、秘書に語りかける。
「この男は、神経症で離職した人材ではないか!望遠鏡越しに ろくでもない幻を見たか、おかしな妄想に取り憑かれておるに違いない!!」
「それは、もう治りました……!」
私は、堪らず口を挟む。
「治ったという、証拠はあるのか?」
「今は、薬に頼らずとも充分に眠ることが出来ます。無闇に腹を下したり、吐き戻したりもしません。3年以上、医者とは無縁の暮らしをしています」
「気がふれたまま、医者に会うことをやめただけではないのか?」
(気がふれているのは、貴様らだ……!!)
「人里を離れ、満足な情報も得られぬままに、独りで闇雲に夜空を観ておるのだろう?正しい観測の仕方など、忘れておるのではあるまいか?」
「僭越ながら、私は、かのガウス・ワイルダーの息子であり、弟子であります!父の教えを忘れたことなど、ありません!」
「ふんっ!……養子に入る前の貴様は、名だたる悪童であったと聴いておるぞ?」
「子どもの頃の境遇など、此度の隕石とは無関係ではありませんか!!」
「『三つ子の魂 百まで』と言うのだ!悪童の本性は、学者の養子になったくらいでは治らぬわ!……独りで好き勝手に生きて、意地汚い本性が剥き出しになっておるのではあるまいか?……己を苦しめた観測所の見解に、ケチをつけたいだけではないのか?」
(着眼点が、おかしい……!!)
「実に、くだらんっ!!」
室長は、再び私をせせら笑う。
 私は、努めて冷静に言葉を返す。
「軍の基地が壊滅すれば、国防に関わります。今一度、こちらの記録と、実際のそらとの照合を……」
「気狂いの指図など受けぬわ!!帰れ!!」
 あまりにも馬鹿馬鹿しい応酬に、私は目眩がし始めた。吐き気を催し、語る気が失せた。他の室長を当たるか、カンナを通じて軍の関係者を当たったほうが、賢明であるように思われた。
 適当に詫びの言葉を述べてから、彼女を伴って研究室を出た。秘書にも、手間をかけさせたことを詫びた。

 私は、シアーズ室長が退職されたことを知らないふりをして、彼の研究室を訪ねてみることにした。遠い昔、父が室長を務めていた部屋である。
 私はカンナにその旨を伝え、廊下を進む。彼女は、冷やかな怒りの込もった声で、私に問うた。
「国立観測所の室長というのは……あれほど無智でも許されるのですか?」
「お恥ずかしい限りです……。外の情報が入ってこない場所で、権力争いに明け暮れていると、皆、多少なりとも心が歪んでしまうのでしょう……」
「軍の施設に迫る危険を見落としたとなれば、首が飛ぶのではないですか?」
「……飛ばされてしまえばいいと思います」

 シアーズ室長の研究室であった部屋は、私のまったく知らない学者の研究室となっていた。私は、そこを堂々と訪ねていって、初対面となる秘書に、己がガウス・ワイルダーの息子であること、4年前までベイクウェル室長の下で勤務していたことを明かした上で、面識のあるシアーズ室長にご挨拶がしたかったのだと告げた。
 秘書は、シアーズ室長は孫の病を理由に早めの引退をしたと教えてくれた。
 現職の室長は、会議のために出払っているとのことで、会うことは出来なかった。
 私は、例の隕石に関する観測記録の写しが入った封書を、その秘書に託した。それを見た現室長が、どう動くか……私には分からないが、何もしないよりは良い。


 観測所を出て石段を下りながら、私は、カンナに軍の関係者との接触が出来ないだろうかと提案した。
 彼女の答えは、然るべき立場の人物に会えるかどうかは分からないが、記録と書状を持って駐屯地を訪ねる価値はあるとのことだった。
「軍人は、天文学には疎い者が大半ですが……ガウス・ワイルダー博士の御子息を邪険にするほど、愚かではありません。基地に危険が迫っているなら、ラギ殿の記録について、然るべき検証を行うはずです」
「貴女が同行してくださって、本当に良かった……」
 軍は、観測所の承認や許可など得られずとも、独自の基準で動くことが可能な組織である。


 私達が昨夜泊まった宿には電話機があり、カンナはそれを使って自宅に電話をかけた。友人の見舞いから戻っていた母親に、現在の状況と今後の旅程を伝えた後、父親の自動車を使いたいと申し出た。
 どうやら、父親は その自動車で私の天文台に行ってしまったらしく、彼に店まで戻ってもらうか、私がカンナと共に一時帰宅をするか、しばし3人での話し合いになった。
 私は、もう一週間近く観測をしていないので、一時帰宅を願い出た。
 電話を切り、客室に戻ったら、私達は今後の旅程について改めて話し合った。

 その夜、私はなかなか寝付くことが出来ず、何度も起き出して水を飲んだ。
 ある時、私は窓掛カーテンを少しだけ開いて、はめ殺しのガラス窓から夜空を見上げた。例の天体は、まだ肉眼では見ることが出来なかった。
(手持ちの望遠鏡が要るな……)
 隣の寝台で背中を丸めて眠っている彼女は驚くほど静かで、まったく寝息が聴こえてこなかった。野に生きる獣のように、気配の消し方が すっかり身体に染みついているようだった。

 私は、この一件が片付いたら、正式に彼女を天文台の守衛として雇用したいと考えていた。


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【5.大地を走る】
https://note.com/mokkei4486/n/n53b8a2dfc3b1

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