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【掌編小説】桜が春に咲くわけ

三羽烏さんの企画に参加させて頂きます。【百人一首で百人百色】73番

南かのんさんの曲をリンクさせて頂きありがとうございます😊✨ぜひ、曲を聴きながらお読みください🌈✨

「ねえ、美咲さん、今度、ヤマザクラの調査に行くんだけど一緒にどう?」
 僕は理学部植物学科でサクラの調査をしている。教授から与えられた課題は「なぜ桜は春に咲くのか?」という問いだった。僕は、あまりに当たり前だと思っていたことを聞かれ、答える術もなかった。
「調査って、どんなことをするの?」
「実際に山に行ってやることと言えば、サクラの香りを嗅いだり、幹の観察をしたり、サクラの小枝を少し頂いて来るってところかな?」
「ふうん。睦人の研究室って面白そうね」
 僕は、教授から与えられた課題について美咲に話した。
「当たり前だと思ってた。桜が春に咲くことに答えなんてあるのかしら?」
「僕はね、きっと何か意味があると思っているんだ」


 まだ肌寒い土曜日の朝、僕は、軽のワゴン車で美咲を迎えに行った。アパートの二階から駆け降りてきた美咲の白い息に、春の訪れを疑いたくなる。吐息で顔が見えなくなるほど、朝の気温は低いのだ。
「ほら、私、お花見弁当を作ってきたのよ」
 彼女は薄桃色のランチョンマットに包まれたお弁当を見せた。僕は、思わず笑顔になった。
「ありがとう。うれしいサプライズだな」
 僕は美咲の料理を食べたことがなかったから、お昼時が楽しみでたまらなくなった。 

 山道を奥へ奥へと入って行くと、ウグイスの声が聞こえてきた。ここにはまだ手つかずの自然が残っている。木々の緑色も濃いように思えた。車で二時間ほどのドライブも、美咲が助手席にいると時間が過ぎるのが速く感じられた。僕たちは、まだ知り合ったばかりで、話したいことも、聞きたいこともたくさんあった。
「美咲はどうして心理学を選んだの?」
「見えないことを考えるのが好きなの」
「見えないこと?」
「人の気持ちは目に見えないけれど、誰かの言葉で気持ちが動いたりするでしょ? そうすると行動が変わったりして目に見えることもあるの。そういうのがおもしろいなって思って」
「ふうん」
「でも一番はね、私は自分のことがよくわからなくて。だから、自分を知るために心理学を学ぶことにしたの」
 面白い発想だと思った。僕がサクラを研究しているのも、勿論、サクラについてまだまだわからないことがあるからだ。でも今、一番知りたいことは美咲の気持ちなのかもしれない。

 「早咲き桜」で名が知られている山頂に到着した。車のドアを開けた途端に、サクラの香りがふうわりと舞い込んだ。サクラの香りを感じながら目を閉じて深呼吸をすると、春を吸い込んでいるようで心地がいい。サクラの花びらが舞い散り、美咲の頬に不時着した。美咲は、僕の頭に付いた花びらを見て笑っていた。サクラのように笑う君は、サクラよりもずっと美しい。調査の一環で訪れていることを危うく忘れそうになる。

「ねえ睦人、お花見弁当を食べない?」
「そうだね。もう十二時過ぎてる」
 僕たちは満開の桜の下に、レジャーシートを広げ、美咲のお弁当を開けた。さくらえびの厚焼き玉子や、枝豆おむすび、菜の花おむすび、インゲンの肉巻きなど、色とりどりだ。僕は、その美味しい花見弁当にすっかり心を奪われた。「美咲といつか結婚したい」という気持ちが芽生えた。

 サクラの花は「人の恋心を動かすために春に咲くのかもしれない」こんなことを、研究室に戻って教授に報告したら叱られるだろうなと思いながら花見弁当を食べていた。

 お喋りをしながら食べていると、今度は美咲の唇に花びらが舞い降りた。
「ちょっと待って、僕が取ってあげるから」
 僕は、自分の唇を彼女の唇に重ねた。サクラの香りのする初めてのキスは春の味がした。美咲の頬はサクラ色に染まった。

「ようし、少しだけサクラの小枝を頂いて帰ろう」
 ヤマザクラの小枝を分けてもらうと、僕たちは軽のワゴン車に乗り込んだ。美咲は僕に何か言いたそうに見える。
「また、調査に同行してもいいかしら?」
「もちろんだよ。こちらからお願いするよ」
 ルームミラーに映った僕の顔はいつになく朗らかに見えた。

 帰り道に休憩した道の駅から今来た方向を見上げると、山桜は白いもやに覆われて見えなくなってしまった。朝、白い吐息で美咲の顔が見えなかったことを思い出した僕は、くすっと笑った。



高砂の 尾の上の桜 咲きにけり
外山の霞 たたずもあらなむ

現代語訳
遠くにある高い山の、頂にある桜も美しく咲いたことだ。人里近くにある山の霞よ、どうか立たずにいてほしい。美しい桜がかすんでしまわないように。

出典 ちょっと差がつく『百人一首講座』
リンクした記事です。


実際に「桜はなぜ春に咲く?」という調査がされているようですよ(^_^)