小説プロジェクト「曇り空に」第1話
第2話から最終話までリンクさせて頂いています。ぜひお読みください。✨
会社からの帰り道、僕は、ふと空を見上げた。曇り空がどこまでも続いている。思わず苦笑いした。
「君、営業の仕事 何年やってんの? 向いていないんじゃない? 片手すら契約取れないなんて! 心が弱い証拠だよ!」
年下の上司から罵声を浴びて、うつむいた。確かに、最近の僕の営業成績は思わしくない。「水を売る仕事」は僕には向いていないのかもしれない。
水道をひねれば、そこにある水を、わざわざ高額のウォーターサーバーとボトルの契約を取り付けて購入してもらうのだ。自分の家にだって置いていないのに。僕は、そこに引っかかりを感じて、商品を説明する時にためらってしまうのだ。でもそれは、心が弱いんじゃなくて・・・・・・。そうじゃなくて・・・・・・。続く言葉を見付けられないでいた。
路地は人混みでごった返している。帰宅ラッシュの時間だ。赤信号で足止めされた。スクランブル交差点の向こう側、大型モニターには、コーヒーのCMが流れている。ちょうど白線に差し掛かろうとしたところで、赤信号に足止めされた。
サラリーマン風の人に囲まれて、息が詰まる。「この人の売り上げはどのくらいだろう?」髪の毛は乱れ、柄シャツが悪目立ちしている上、革靴も汚れている。「売れてなさそうだ」「こっちの紳士は、凄腕サラリーマンだろうな」ネイビーのシングルスーツに、淡いストライプシャツ、そして品のあるベルトに艶のある革靴を合わせている。ネクタイは落ち着いたえんじ色に小紋がほどこされている。きっと仕事も順調なのだろう。ふと時計を見ると、袖口のボタンの糸がほつれているのに気が付いた。自分の不運と安物のスーツを嘆きたくなった。
青いライトが点灯すると、何事もなかったかのように、皆一斉に歩きだす。帰宅する人々の波に飲まれながら駅に到着した。「帰りたくない」という気持ちが夕立のように突然湧いてきた。気付いた時には、いつもと違うホームに立っていた。「誰も待っていないアパートに帰るだけなのだから」電車が減速する音が近づいてきた。見知らぬ電車が目の前を通り過ぎて停まった。シルバーの車体には紺色のラインが入っている。
行き先も決めずに乗り込んだ車内は空席が目立つ。加速する電車に揺られながら、車窓からの景色を眺めた。ビルすれすれの場所を走っていたかと思うと、突然、運河が目の前に広がった。水のせせらぎの向こうから、夕日が差している。
「そうか。曇り空の向こう側には晴れ間が覗くのだ」そんなことを思い出すような美しい夕日だった。時の移ろいと共に色彩を変えていく夕日は、僕の心の奥まで照らしているかのようだった。
運河が見えなくなった最寄り駅で下車をして、その街の路地を散策しながら吸い込まれるように街中華の暖簾をくぐった。カウンターが五席に、テーブル席が三席ほどの、どこの街にもあるような店だった。一番奥のテーブル席に腰を下ろした。暖房と、厨房の熱で温まった店内で、生ビールを久しぶりに飲みたくなった。半拉麺に炒飯、そして餃子を注文した。厨房の奥から、注文を復唱する女将さんの声が聞こえてくる。
中華鍋を揺らしながら、おたまで勢いよく炒めている音が、香ばしいにおいと混じり合った。
誰が見るともなくついているテレビから、胸の痛むニュースが流れていた。「こんなにも寒い日に、避難所で暮らすのは、さぞ大変なことなのだろう」と心配しながら見ていると、見覚えのあるウォーターサーバーと天然水のボトルが映った。現地の七十代後半の男性が、インタビューを受けている。
「こんなに水がおいしいと思ったのは初めてで。体の隅々まで蘇るような元気をもらった」
と笑顔で答えていた。
「それでは、東京に戻します」
中継先から切り替わった。
「墨田区にあるこちらの会社の専務取締役の水田さんに、ウォーターサーバーと天然水のボトルを寄付された経緯をお伺いします」
そこに映し出されたのは、どこか見覚えのある男性。ネイビーのシングルスーツに、淡いストライプシャツ、そしてえんじ色に小紋がほどこされたネクタイ。
「あぁ! 帰り道に、信号待ちをしていた時の・・・・・・」
思わず声が漏れてしまった。会ったこともない本社の人だった。
「水を売る仕事」もまんざら悪い仕事ではなさそうだ。体中に染み渡る生ビールの苦味が心地よかった。
物語の続きなどもイメージして曲を作られたのだそうです。バトンは最初の土谷さんに戻りました😊✨