本音は口にしてはならず
この小説の主人公多珠子はシナリオライターである。テレビで売れている若手の大学教授とつきあっていたが、彼の妻が自殺未遂を起こしたことでマスコミに追われる身となった。京都の友人の世話で「雑貨屋のおっさんの持ち家」にこもって鬱々としていると、家主の越田が、気分転換にとドライブに誘ってくれた。越田は軽妙なしゃべりで多珠子を笑わせ、打ち解けた二人は貴船まで足を伸ばす。
すっかりくつろいだ彼女は気力がよみがえり、東京へ帰ると言い出した。そして、今厄介になっている家にまた来てもいいかと問う。
ここで越田が「魅力的な笑い」を浮かべて「字ィに書いたら、人の気持ちはウソケになりまんねん」と答えるのである。ウソケ、というのはいわゆる嘘ではなくニセモノに近い。嘘っぽくなる、似て非なるものになる、というところであろうか。
本音は無防備に口にすべきものではないが、時として、口にしたい衝動に駆られる。衝動であるからこらえるのは難しい。しかし越田に言わせると、言葉にしてはいけないが隠す必要はないらしい。平たく言えば、「言葉にさえしなければ」何をしてもいいのである。言いさえしなければいい、と思えば気が楽だ。
(2018.9→2024改)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?