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日ごろの行動は心のあり方で変わる

こんにちは、MOJIKARA研究所 本田蒼風です。

昨日、音声配信の内容を元に、noteにも文章で起こしていこうと思いGoogleドキュメントの音声機能を使って文字起こしをしていたら、「MOJIKARA研究所 本田蒼風(そーふー)でした。」の締めの部分が「また研究所 本田3分でした」に変換されていて、一人爆笑していました。

機械に「また?」みたいに思われている感じが切ないやら、3分クッキング感でちゃうわで、すっかり気に入りました。(笑)

日常の中に突然投げ込まれる笑い、大歓迎です。

さて、今日は私の音声配信の中で自己紹介を除いて、一番再生回数が多かった配信内容について、改めて文章で書いてみようと思います。

タイトルにもある通り「日ごろの行動は心のあり方で変わる」という話です。

ちなみに面白いのですが、タイトルに「変わる」という言葉が入っている配信は軒並み再生回数が高めであることが判明。

みなさんっ!変身願望バリバリじゃないですかー!!!(笑)

かく言う私もいつでも「もっとこんな自分になりたいわ(フガガっ!鼻息荒く)」と常に変身願望を持って日々暮らしております。

ありのままの自分を愛して…みたいな事を最近よく耳にしますが、
いやいや、それはそれ。

ありのままの自分も好きですけど、変身願望はあってよし!だと私は考えています。

だって「もしこうなれたら、どんな感じなんだろうな~」って想像するだけでもワクワクするんですから★それを禁じられたら悲しいわ~。

ただ、変わりたい願望は強いが、実際にはなかなか変化していかない自分に愕然とする。変身したい!と思っていたことすら3日後には忘れている・・なんてこともよくある話。(笑)

今日はそんな私が、先日あるお話をきいて「ほほ~なるほど、問題はそこか」と気づきをもらった話について書こうと思います。

人の行動が「変わるとき」に必要な2つのこと

先日ある方のお話を聞いていた時のこと。
お題は自分自身の変身願望がテーマではなく「変わってほしい部分がある部下に対して、どうアプローチしたら少しずつ行動を変えてもらえるか」というお悩み解決に応えるお話しでした。

その中でその方が紹介していたのがこちら。

「私たちの行動に重要なのは、BeingとDoingへのバランスなんです。」

この言葉、どうやらカウンセリングやコーチングなどコミュニケーションに対する課題を扱う分野ではよく使われている概念らしいのですが、

Beingは「(自分が)どうありたいか」
Doingは「どうやるか(手段・方法)」

多くの人の場合、何か行動を起こすときにこのバランスが崩れ、どちらかだけに意識が傾きすぎていて実際の行動がうまく生まれない、または行動が変わっていかないのだ…という話でした。

ほほ~。

1.早く変わりたい!そんな焦りからくるDoingへの執着

早く変わりたい。
何をしたら私は変われるのかしら??
えっ?たった3日だけやれば変われる?よ~し、やってやる~

(飛びついたものの、3日すらも続かずやらなくなった。)

はい、これよくあるパターン。
変わりたいが為に、変わるための方法・手段の探求にチカラを注ぎ、何かのタイミングで挫かれると突如続かなくなるというやつ。

これ結構よくあるパターンで、手段が目的化するというやつです。
行動に移したのちふとした瞬間に「そもそも何でこれをやろうと思ったんだっけ?」っていうふと我に返っちゃうアレです。
やっていること自体を心底楽しめているなら問題ないのですが、
人が「変化」するっていうのは、慣れている状態から今までと違ったパターンを受け入れたりすることも多いため、易々とできることばかりではないですよね。
そうなると、途中で心の逃避心情が発生しやすく「えっ?何でやってるんだっけ」となってしまう。

2.そもそもBeingへの向き合い方が浅い。

何となく「今の自分じゃなくて、もっと○○な感じになったら…」というところから行動へ繋げていこうと思ったとき、「何で変わりたいとおもったんだっけ?」とふと素に戻ってしまうパターン。
いわゆる行動になるまでの「動機」にあたる部分です。そこが何となくふんわり…から始まると結構Doing部分への活力に差でる。


「変わりたいな」「変えたいな」と思う気持ちが湧いたスタートにある「どうありたいと思ったから変わりたいと思ったのか?」という部分。

自分の「ありたい姿」って、単純に「表面の行動」だけじゃなくて「心持ち」みたいなところも含んでいるのがポイントですよね。

自分が今何を感じているから、こんな行動をしようと思っているのか…。
その時点での自分の「気持ち」を自分で確認してあげる作業をしっかりいれていたかしら?
これいわゆる「内省(ないせい)とか内観(ないかん)」って言われることですね。

シリコンバレーあたりで、個人の能力が最大限に引き出され、よりよい仕事をするには、さらには自分が納得感をもって生きていくためには、まず自分自身の状態を自覚していることが大切だという考え方から「ZEN(禅マインド)」「マインドフルネス」「瞑想」などを取り入れる流れがきて、日本でも最近は(とくにコロナ後には拍車がかかったように)「じぶんらしさ」や「ありのままの自分を大切に」というような言葉がじゃんじゃん聞かれるようになっています。

つまりこれらに共通するのは「外側にひっぱられるのではなく、自分の内側に矢印向けてみましょう」ということ。

私たちは社会と何かしら接点をもって生きていっている訳ですが、自分の外部の状況、情報が多くなればなるほど、ついついそちらに基準を合わせてしまいがちになっていたなんてこと、結構あるものです。

自分が選択し行動しているように思っていたことも、実は「こうするのが世の中的には正しそうだ」という何となくの基準を採用した結果だった…なんてことありますよね。

その時に自分の中でバランスを取る方法がいわゆる「自分が今感じていること」に意識を向けてみること。

行動と選択。

自分自身がどうありたいから、そういられるためにはどうしたらいいか考えて行動する。
日常、全てがこの順番でいける事ばかりではないですが、やることが山積みになっている中でも「どう在りたいか」の部分を確認しながら進められると、必要なこと、やらなくても良いことの取捨選択の基準が見えてくるのかもしれませんよね。

打ち上げ花火だった私が、突然「継続すること」ができるようになった…そのきっかけは?

実は私、変身願望は常に強めで本当に何事も飛びつくのは人一倍早いという特徴があります。
ただし…継続することがとにかく苦手。

とくに仕事に直接関係すること以外に関しては
「THE打ち上げ花火師」と友人に揶揄されることもあるくらい一瞬でピークが過ぎ去っていくのが常でした。そんな私が最近ちょっと意識を変えただけで継続できていることがあります。

それは毎朝仕事前に15分だけYOGAをすること。

実はこのYOGA習慣、健康になりたいから始めた…のではないのです。

今年の初めに「今年はこんな自分でありたい」という想いを「漢字一文字で表してみる」というのをやりました。

この方法普段から、自分の「仕事」に関しては15年前くらいからず~っと取り入れている方法で、「自分の今のテーマ」を漢字一文字にして、それを目に付くところに書いて意識しながら過ごしていくというやり方なのですが、


なんと…自分の暮らしや自分のあり方に関してはこれをやったことが無かったことにに気が付いたのです!(えっ?!)

仕事の為だったら継続できるけど、自分の為には頑張れないっていうやつです。(笑)
仕事がとにかく大好きな私は、仕事のこと最優先。
仕事をやる「自分」のことは二の次でした。(酷いwww)

今まで私は「仕事をする自分」と「仕事をするとき以外の自分」を頭の中でぱっきり分けていたんですね。

でも昨年あたりから「も~仕事をしている私も、プライベートの私も私じゃん!境界線なしでまいりましょう」という風に考えるようになった。

年齢が上がってくると、色々と境界を溶かしていける緩さが出てくるもんですね、よきかな、よきかな(笑)


そこで私が選んだのが「守破離の【守】」でした。

仕事をする自分も、仕事をしていないときの自分も含めて
今、自分はどう在りたいと思っているか。

自分の現在のテーマとして「守」を選んだのです。

年末に清水寺で「今年の一文字」を選ぶ恒例行事がありますが、あれは「1年を振り返って(過去を見て)」総括の意味で一文字を選ぶという形ですが、

私が実践しているのは

「この先(現在、そして近い未来を考えて)自分のテーマにしたい一文字を考える」というものです。

まさに先ほど書いていたBeing(矢印自分の内側向き、内省)で気づいたことを、漢字一文字を選んで視覚的にもわかりやすい形に置き換えてみようということです。

私は何故「守」を選んだかと言いますと、
自分が「このやり方!」と思っている自己流のやり方を色々と一度疑ってみよう!ひょっとしたらもっと自分にあったやり方が見つかるかもしれない。と思ったからです。

今までの自分は本能のままに「思い付きで行動することが一番閃きが活かされる」と思ってやってきて、朝はその日一番やりたいことから手をつける…という流れをず~っとやってきました。
ルーティンを入れるって、のっている気持ちが削がれる感じがしたから避けていたんですね。

でも一般的にはルーティンは合う人がいるというじゃないか。

試してもいないのに、合ってないと言い張っている自分は一体何なんだ?と。自己流を一度捨てて、いいと言われるものに一度は従ってみる柔軟さをもった人でありたい!!

これが今回「守」の漢字を一文字選び(Being)、行動する(Doing)の原点になりました。

だから行動の内容は正直なんでも良かった。
ルーティンを避けていた私が、何かしら自分の正しいと思っていたやり方を変えてルーティンをやってみることでBeing(在りたい)姿に近づけるなら、なんでも良かったんです。

まあ、でもせっかくルーティンに入れるんなら肩こり、腰痛持ちの私にはYOGAはいいんじゃない?と思って始めてみた。

そしたらね…面白いほど継続できるのよ、これが。

たぶん「は~何となく運動不足な気がするし、なんかやった方が良いんだろうな~」「じゃあYOGAやってみよう。」だったら速攻三日坊主行きだったと思います。
自分の中での動機(ありたい姿)を確認しないで、方法(Doing)に飛びつく、あの流れです。

でも今回は「自分の今までのやり方を疑って守(我を入れず基本に染まる)の時期を過ごしてみたい!」という自分の中から出た想いがスタートだった。

結局やることは一緒なのですが、Being部分がしっかり確認できていて「自分自身がこうありたい」という心持ちに根付いているところからスタートしていると、「自分が選択して、この行動をしている」という実感もあるから、何だか楽しさが増す気がします。

な~んだ!!
こんなに簡単なことだったのか。

私たちの行動や選択を支えているのは「自分自身の気持ち、こころのあり方」。この部分を起点にすることを忘れなければ意外にも簡単に変わるのかもしれません。

自分がありたい姿・テーマを漢字一文字で

自分が在りたい姿、今の自分の「テーマ」を考えて、漢字一文字で表してみる。

とってもシンプルな方法なのですが、漢字を選ぶときには「今、自分がどんなことを感じていたり思っているのか」を考えないと選ぶことができないので、ほんの少しの時間かもしれないけれど自分自身の「今」に矢印を向けることができます。

元はというと、この方法、私が普段書家として活動をしているから気が付いた方法なんです。

書家は、自分の作品を残していこうすると、まず題材となる「文字」を選ばなければいけない。
自分の気持ちと全然かけ離れた文字や言葉では、そこに想いをのせて表現することはできないので、必然的に「今、自分の心にぴたりとくる文字や言葉を選ぼう」とする。

そうすると「今自分が何を考えているのか?」について向き合わないと題材すら選べない。筆を持つまでがとにかく長い。それが書家の仕事です。

でもそのおかげで内省が勝手に習慣化されていったんですよね。
書の作品の中でも特に私は「一文字書」と呼ばれる漢字一文字で表現する表現方法が昔から大好きでした。

漢字ってとってもシンプルで抽象的なものだから、
書く側も、そして書かれたものを見る側にとっても、気持ち次第でいかようにも読み取れる楽しさがあるな~と思うので。

ただ自分のありたいテーマを漢字一文字で表してみるという「漢字一文字メソッド」は書家でなくとも誰でもすぐに試すことができるじゃないか!と思うわけです。

一度「自分の気持ちを漢字一文字」っていう形あるものに置きかえるだけで、忙しい暮らしの中でも、ふと自分自身の気持ちに立ち返ることができる安心感があります。自分の気持ちを置き去りにしないという安心感。

自分の内側に意識を向けることの大切さは、古代から変わらずにある考え方ですが、最近になって特に改めて注目を集めるようになっている背景には、私たちが今暮らしている世の中が絶対的正解をもたない「VUCAの時代に突入したこと」を誰もが体感しているからではないでしょうか?

*VUCA=Volatility(不動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった造語

多様で可変的な価値観の中で、誰かが決めてくれる幸せ基準が揺らいでいる今だからこそ、自分自身が納得しながら生きていくために、これからも「自分がどうありたいか」は益々大切なポイントになっていくだろうな~と思っています。

自分自身の内側に矢印を向ける方法(内省の方法)は既に世の中に色々と提唱されていますよね。座禅に始まり、瞑想の他に、イラストを書きながら…なんて方法もあるようです。
そして私がおすすめしているこの「漢字一文字メソッド」もその方法の一つになると思っています。

ただポイントは、この「内省」ってやつは「考え方」「思考」と似ていて、一日二日でできるものではなくて「習慣」になってこそ面白くなってくるもの。

そのためにも自分にあったやり方を見つけることが大切ですよね。

心のあり方で今までと暮らしや自分の活動の意味がちょっと変わってみえてくる!!という経験をしてみたい方は是非お試しあれ★


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