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【短編】 素敵枕でおやすみなさい

大森佳奈は、最近どうも眠れない日々が続いていた。

どれだけ寝ようとしても、目が冴えてしまうのだ。仕事のストレスも原因かもしれないと感じていた。
彼女は深夜に目覚めるたび、何とも言えない孤独感に襲われた。

ある日、佳奈は学生時代からの友人、古谷から「素敵枕」という噂の枕を勧められた。

「これ、最近すごく流行ってるんだよ。特注で自分の体にフィットして、どんな悩みでも忘れてぐっすり眠れるらしいよ。」

佳奈は半信半疑だったが、藁にもすがる思いで購入することにした。

届いた枕は普通のものと何も変わらないように見えた。柔らかく、どこにでもあるようなデザイン。
しかし、そのシンプルさに反して「素敵枕」と大きくプリントされたタグが目に入った。
文字は黒の明朝体で、何だか「素敵」とか「快眠」といったイメージには似つかわしくないように思える。

「まあ、試してみる価値はありそうね」と佳奈はつぶやき、夜の眠りについた。

最初は何も変わらないように感じたが、深夜に差し掛かる頃、佳奈はふと目が覚めた。
奇妙な感覚があったのだ。何か、枕が自分に語りかけているような・・。

「佳奈さん、おやすみなさい」

耳元で囁かれたような、静かな声。
彼女は驚いて枕から身を起こしたが、部屋の中は静寂に包まれている。
心臓がバクバクと鳴り響く中、彼女は「夢だ」と自分に言い聞かせた。

だが、次の夜もまた同じ声が聞こえた。

「佳奈さん、あなたの疲れ、全部癒してあげる」

声は甘く、穏やかで、どこか安心感を与えるものだった。不思議とその言葉を聞くと、佳奈はすぐに眠りに落ちた。

それから数日が経つと、佳奈は驚くほど快眠できるようになった。
枕に顔を埋めると、まるで何もかもがどうでもよくなるかのような感覚に包まれ、悩みやストレスが一瞬で消え去るのだ。
夢の中で彼女はいつも、広大な草原や、穏やかな湖畔に佇む自分の姿を見た。そして、そのたびに声が聞こえてくる。

「もう何も心配しなくていい。私が全部受け止めてあげる」

最初は幸福感に包まれていた佳奈だが、ある日、違和感に気付いた。
枕に顔を埋める度に、現実世界との距離が少しずつ遠のいていく感覚があったのだ。
職場の仲間や友人との会話も、何故か記憶がぼやけ始めていた。

「まさか…そんなこと、あるわけない」

そう自分に言い聞かせたものの、どうしてもその感覚を拭い去ることができなかった。
そこで彼女は、古谷に相談することにした。

「あの枕、何かおかしいんじゃない? 使う度に、現実が遠ざかっていく感じがするの」

古谷は少し困惑した表情を浮かべたが、すぐに言葉を返した。

「そうなの? 私も使ってるけど、そんなこと感じたことないわ。むしろ、もっと使いたいくらい快適よ。もしかして、疲れすぎてるんじゃない?」

その言葉を聞いた佳奈は、自分の感じ方がおかしいのかもしれないと思った。
しかしその夜、ついに明確な違和感が襲ってきた。

「佳奈さん、もっと深く眠って。もうすぐ完全に安らげる場所に連れていってあげるから」

その声は、これまでの甘さを残しつつも、どこか不気味さを帯びていた。佳奈は慌てて目を覚まし、すぐに枕を投げ捨てた。
胸の鼓動は早く、冷や汗が背中を伝った。

「やっぱり、おかしい」

佳奈はすぐにネットで「素敵枕」の情報を調べ始めた。すると、口コミには驚くべきことが書かれていた。

「この枕、使えば使うほど自分が消えていく感じがする」「もう現実に戻れない」「まるで夢の中で生きているみたい」

恐怖が彼女を包んだ。
その夜、佳奈は枕を使うことを恐れ、ソファで寝ることにした。しかし、眠りにつこうとすると、再びあの声が頭の中に響いた。

「佳奈さん、なぜ逃げるの? 私はあなたに永遠の安らぎを与える存在よ。もう逃げる必要はないの」

佳奈は枕から遠ざかろうとしたが、奇妙な力に引き寄せられてしまった。体が勝手にベッドへと向かい、枕に顔を埋めようとする。

「嫌だ!もう二度と使いたくない!」

必死に抵抗したものの、頭の中に響く声は強くなり、まるで自分の意思が奪われていくようだった。
恐怖に駆られた佳奈は最後の力を振り絞り、枕をベランダの外へ投げ捨てた。
枕は植え込みに引っ掛かり、カバーの一部が破れて詰め物がパラパラとこぼれている。

すると、突然、全ての音が消えた。
部屋は静寂に包まれ、あの声も消えていた。佳奈は床に崩れ落ち、胸を押さえながら深呼吸を繰り返した。

数日後、佳奈は普通の枕で眠れるようになった。まだ不安な夜もあったが、少しずつ心の平穏を取り戻していった。

その後、古谷に会ったとき、彼女も同じような経験をしていた事を知らされた。

「私もね、あの枕を捨てたの。使い続けると、何か取り返しのつかないことが起きそうな気がして…」

二人は顔を見合わせ、安堵しつつも根本の問題が解決していないような、漠然とした不安を抱えたまま別れた。

佳奈たちの不安は的中する。
帰宅すると、置き配で荷物が届いていた。「何か買ったっけ」と開けると、そこには「素敵枕」の新品が入っていた。

悲鳴をあげそうになりながら、佳奈は震える手ですぐにその箱をゴミ箱に放り込んだ。
だが、その夜、彼女は夢の中でまたあの声を聞くことになる。

「佳奈さん、逃がしませんよ。永遠の安らぎまでもうすぐなんですから。さ、共に行きましょう」

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