ジョアン・ジルベルトガイド⑧エン・メヒコ/En Mexico 1970年
・メキシコでの生活
1969年、ジョアン・ジルベルトはメキシコシティでのライブに招聘されたあと、この地が気に入り居を構え、日本風家屋(どういった家なのか未だによくわからない)に2年ほど暮らすことになる。
(この頃、中国の卓球選手から卓球を学ぶなんてことも。)
ミウーシャによるとメキシコシティはブラジルに近い雰囲気があったことから、ニューヨークを離れてそのまま滞在する事になったという。
レコーディングするにあたりセルジオ・メンデスなどのアレンジで名を馳せたオスカール・カストロ・ネヴィスが呼び出される。
このアルバムは恐らくジョアンのカタログの中でも、かなり地味な印象があるかもしれないが、クオリティは群を抜いて素晴らしい出来になっている。特にカストロ・ネヴィスのアレンジは的確で、ジョアンの声とギターをストリングスの音色が優しく包み込む。見事にGetz/Gilbertoの世界観がアップデートされており、新たなジョアンのスタイルがここで開花している。
・収録曲について
このアルバムはスペイン語の曲が入っており、初めてポルトガル語以外の言葉で歌うジョアンが登場する。
Farolito(街灯)はアグスチン・ララによるワルツ。ここでのジョアンはバチーダ(いわゆる通常のジョアンの奏法)ではなくアルペジオが用いられている。
ラテンの代表的ともいえるコンスエロ・ヴェラスケスによるBesame mucho。
キューバ出身のエルネスト・レクオーナによるボレロEclipseでジョアンは再びアルペジオで演奏している。リンク先のマルガリータ・レクオーナはエルネストの姪にあたり、ドリフなどで有名なタブーはもともと彼女による歌。
Trolley songはジュディ・ガーランド主演映画「若草の頃」で使われた曲。アルバムのクレジットは間違っており正しくはヒュー・マーティン&ラルフ・ブレイン。ここでのジョアンはアロルド・バルボーザによるポルトガル詞に、通常のバチーダではなくシンプルな2ビートで演奏している。
De Conversa En Conversaはルーシオ・アルヴィスとアロルド・バルホーザによるサンバ。冒頭の平行移動するコードなどジョアンによるリハーモナイズを聴くことができる。
このアルバムは比較的時代の近い曲も収められている。カルロス・アルベルトとマルコス・ヴァスコンセロスによるAstronauta。本来はSamba da perguntaというタイトルで、オス・カリオカスやエリス・レジーナもカバーしている。
そしてジョアン・ドナートによるO sapo(カエル)。後にカエターノが詩を付けたA rãとしても知られる曲。ゴロゴドー、ゲレゲデーというのはオスとメスのカエルが呼び合う鳴き声を模したスキャット。
この曲はもしかすると、ドナートとのイタリアツアーの時に歌われたのかもしれない。エン・メヒコと同年リリースされたドナートのBad Donatoではジョアンとは異世界の、かなりぶっ飛んだファンキーな曲調に仕上がっている。
ここのアルバムでのジョビンの曲は2曲。
Esperança Perdidaはビリー・ブランコとの共作。地味ながらしっとり聴かせる佳曲。
ジョビンの中でも多くのカバーを生んでいるEla é Carioca。
久しぶりにジョアンのオリジナルが2曲収録されている。
Acapulcoは軽快なスキャットナンバー。作曲家としてのジョアンのレベルの高さをうかがい知ることが出来る。ジョビンのようなリリシズムはないものの、サンバのカバーから抽出したエッセンスをふんだんに盛り込んでいる。
João Marceloは息子に捧げた曲。解決感のない不協和音に包まれた不思議な曲。
・現行CDについて
内容の素晴らしさに反して、現在発売されているこのアルバムは劣悪なマスターを使用しているためまともな音で再生する事が出来ない。位相の反転、不自然なイコライジング、揺れるステレオと酷い代物。正しい録音を聴くにはオリジナルのレコードを入手するしかないのだが、ジョアンのカタログの中でも飛び抜けてプレミアが付いているため簡単には聴くことができない。早い所正しいマスターでリマスターをしてほしい。
En Mexico
A1 De Conversa En Conversa(Harold Barbosa, Lucio Alves)
A2 Ela E' Carioca(Antonio Carlos Jobim , Vinicius De Moraes)
A3 O Sapo(João Donato)
A4 Esperanca Perdida(Antonio Carlos Jobim , Billy Blanco)
A5 Trolley Song(Harold Barbosa, Irving Berlin)
A6 João Marcelo(João Gilberto)
B1 Farolito(Agustín Lara)
B2 Astronauta(Marcos Vasconcellos, Pingarilho)
B3 Acapulco(João Gilberto)
B4 Besame Mucho(Consuelo Velázquez)
B5 Eclipse(Ernesto Lecuona)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?