ジョアン・ジルベルトガイド③/ジョアン・ジルベルト João Gilberto 1961年
・サンバがテーマだったものの…
2枚のアルバムがヒットしたものの、ボサノーヴァブームにより巷に似たような音楽が溢れ帰ると、ジョアンはそれらの自分とは異なるイミテーションたちに嫌気がさし、世間のボサノーヴァというレッテルから脱却しようと、改めて過去のサンバに立ち返ろうとする。
3枚目のアルバムを作るにあたり、ジョアンとジョビンの仲は険悪な状態に陥っていた。これまでジョビンとジョアンだけでなく、スタジオ内の人間関係を取り持っていたプロデューサーのアロイージオ・ヂ・オリヴェイラが退社したことも追い討ちをかける状態だった。ジョアンからの度重なる注文と罵声のおかげで、ジョビンの我慢は限界に達していた。そこでジョアンは新たにワルター・ワンダレー(ヴァウテル・ヴァンデルレイ)をパートナーに迎い入れる。ジョアンはこのアルバムで、ドリヴァル・カイミ、ジェラウド・ペレイラなどの古いサンバをテーマに決めてレコーディングを開始する。しかしジョアンはホベルト・メネスカル作のO Barquinho(小舟)のアレンジについて、ワンダレーに船の汽笛を再現するように指示するも上手く行かず、レコーディングは暗礁に乗り上げてしまう。
・収録曲について
レコーディング前半でワルター・ワンダレーが関わり形になった曲はSamba Da Minha Terra、Bolinha De Papel、Saudade De Bahia、Trenzinho (Trem De Ferro)、Presente De Natalの5曲。
Samba Da Minha TerraとSaudade De Bahiaの2曲はドリヴァル・カイミ作曲。
ジェラルド・ペレイラ作曲のBolinha De Papel。この曲は初来日の際にレパートリーに加わっていた。
ラウロ・マイアによるTrenzinho (Trem De Ferro)(汽車)。マルシャのリズムに乗って、ジョアンは汽車の音を口で再現している。
Presente De Natal(クリスマスのプレゼント)はネウシー・ノローニャによるクリスマスソング。
ワンダレーが抜けた後にレコーディングされたA Primeira Vezはビヂとアルマンド・マルサウによる曲。
とここまでの楽曲はボサノーヴァ第一世代の楽曲は一切無く、古いサンバをテーマにしたジョアンがセレクトした曲が並ぶ。ジョアンなりのサンバアルバムを作ろうとしていた形跡がこのセッションの前半で確認できる。しかし、結局ジョアンの思い通りにいかなかったワンダレーとのセッションが暗礁の乗り上げた5ヶ月後、腐れ縁のようにジョビンが再び呼び戻される。
ジョビンと制作された曲はO Barquinho、A Primeira Vez、O Amor Em Paz、Você E Eu、Coisa Mais Linda、Insensatez、Este Seu Olharの7曲。それまでのセッションとは打って変わり、ジョビン、カルロス・リラ、ホベルト・メネスカウらボサノーヴァ第一世代の楽曲が取り上げられている。
ここにきてやっとメネスカウの楽曲が登場する。O Barquinho(小舟)は後にエリス・レジーナやナラ・レオンがカバーしているボサノーヴァスタンダードナンバー。
カルロス・リラはVocê E Eu、Coisa Mais Lindaの2曲。
ジョアンはVocê E Eu(あなたと私)に新たなアウトロを加えているが、そのパートにジョビンはインスパイアされ、後にAguas de marco(三月の雨)のベースになったと言われている。(ジョアン・ジルベルト読本を確認したところアウトロ部分はジョアン・ドナートが作ったものらしい)
モレーノ・ヴェローゾはこの曲をカバーしたとき、ジョアンのアウトロをイントロ持ってきて構成をひっくり返し、スキャットをチェロ(ジャキス・モレレンバウム)に置き換えて演奏されている。
Coisa Mais Linda(もっとも美しいもの)はカルロス・リラの代表作といえるが、カエターノ・ヴェローゾによるジョアンの歌をベースにしたカバーもありこちらもすばらしい歌声を聴くことができる。
ジョビンはO Amor Em Paz、Insensatez、Este Seu Olharの3曲。
Este Seu Olhar(まなざし)は1962年にアメリカでリリースされた際に、ニューヨークでレコーディングされたものと差し替えられ、バージョン違いが収録されている。オリジナルでは声とギターのみ。
・頓挫した古いサンバというテーマ
紆余曲折あった関係からか、アルバム全体の流れがどこかピントのボケた印象があり、前作、前々作と比べると纏まりに欠ける内容になってしまった。当初過去のサンバに絞ったアルバムを作ろうとしたが、最終的にボサノーヴァ第一世代と半々になってしまった事や、アレンジャーがワンダレーからジョビンに交代したことの影響が散漫な印象になってしまった原因と思われる。
ここでのサンバに対するジョアンのヴィジョンは、後に彼の集大成となる「Brasil」で結実することになる。
ジョビンはChega de saudade以降ジョアンとの衝突を避けるため、アレンジを極力シンプルにするよう心掛けていた。このアルバムでは前作以上にシンプルなアレンジが施されている。その結果がEste seu olhaでの弾き語りという形になったのかもしれない。
翌年「オー・ボン・グルメ」でジョアン、ジョビン、ヴィニシウス、オス・カリカスが出演したコンサートでGarota de Ipanema(イパネマの娘)が初演され、それがきっかけとなり活動の場をアメリカに移すことになる。
João Gilberto(1961)
1.Samba Da Minha Terra(Dorival Caymmi)
2.O Barquinho(Roberto Menescal, Ronaldo Boscoli)
3.Bolinha De Papel(Geraldo Pereira)
4.Saudade De Bahia(Dorival Caymmi)
5.A Primeira Vez(Alcebiades Barcellos, Armando Marçal)
6.O Amor Em Paz(Antonio Carlos Jobim, Vinicius De Moraes)
7.Você E Eu(Carlos Lyra, Vinicius De Moraes)
8.Trenzinho (Trem De Ferro)(Lauro Maia)
9.Coisa Mais Linda(Carlos Lyra, Vinicius De Moraes)
10.Presente De Natal(Nelcy Noronha)
11.Insensatez(Antonio Carlos Jobim, Vinicius De Moraes)
12.Este Seu Olhar(Antonio Carlos Jobim)
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