【映画】鵞鳥湖の夜 南方車站的聚會/ディアオ・イーナン
タイトル:鵞鳥湖の夜 南方車站的聚會 2019年
監督:ディアオ・イーナン
今闇夜を映しとる映画監督といえば、ニコラス・ウィンディング・レフンの右に出るものはいないかもしれない。漆黒の闇と、けばけばしいまでの色の濃いライトなど、美しさというよりも如何わしさが画面から立ち込めてくる。レフンのオンリー・ゴッドはタイで撮影されていたので、街の人工的な色合いの照明と、レフンの作り出す人工的な色彩が折り重なって、殺伐とした物語を余計に殺伐とした雰囲気にしていた。
ディアオ・イーナンの「鵞鳥湖の夜」もタイトルの通り、物語の大半を占める夜の場面が印象的な作品だった。メインポスターのホテルの一室は、外のネオンの丁度真裏の部屋なのか窓からピンクの色がどぎつく染めている(こんなに煌々と照らされた部屋で落ち着かなそうだけど…)。
前作「薄氷の殺人」でも観覧車の中から見える煌々と光る建物がぽつりと建っていたように、やたらとネオンが瞬いているのに、周りは暗く寂れた雰囲気が同時に漂っている。本作のホテルや、舞台となる鵞鳥湖周辺もネオンや電光掲示板が輝きながらも、村全体は寂れている様子が伺える。台詞にもあったように、鵞鳥湖周辺は再開発が進まず、駅のシーンでは工事の途中なのか床のパネルが山積みになっているし、ワンタン屋周辺も舗装は崩れていて貧しさが引き立っている。
ボニーMの「ラスプーチン」が流れる外ディスコのダンスシーンでは、LEDがピカピカと光る靴を履いた人々が踊っていて、いつの時代なのかよく分からない雰囲気になっている(この靴の所のオチは面白かった)。けれど、置き去りにされた村の猥雑な雰囲気と、40年以上前のヒットナンバーがやけに合っていて問答無用に画的なカッコ良さがある。しかもその次に流れる曲が「ジンギスカン」って…。
この映画は「追うもの」と「追われるもの」が場面ごとに切り替わっている。主人公のチョウ・ザーノンは窃盗グループと警察に追われながらも、娼婦のアイアイと妻を追う。アイアイもザーノンの妻を追いながらも、ザーノンから追われる(後半ザーノンがアルゼンチンのサッカーユニフォームを着ているのは、「追うもの」としての立場をあらわしているのではないだろうか)。特に冒頭のバイクを窃盗するシーンなんかも、追っていくうちに追われる立場に一気に切り替わる。単純な追走劇ではなく、それぞれのキャラクターの立ち位置がひっくり返ることで、予想できない展開と共にスピード感溢れる映像が捲し立てるように進んでいく。とにかく静的な緩やかな場面と、疾走する場面のコントラストがとにかく絶妙だった。
フラッシュバックのシーンなど意外と説明の台詞が多く入る映画なのだけれど、直接的な描き方も避けた場面も多く、抽象的にならずに詩的な描き方をしている所も巧みさを感じる。とくにカットなどカメラワークが作り込まれていて、キャラクターの感情を見事に切り取っている。特にアイアイを演じるグイ・ルンメイのアンニュイさや、逃げ惑うところなど俳優としての力量はすごい。影で会話を語らせたり、ボートの上のフェラチオシーンも精子を湖に吐き捨てるなどそこまでやるか所思わされる。
映画の主なテーマである犯罪社会を取り巻く防犯カメラの存在も、監視社会という現代の中国社会を描いている。監視カメラと犯罪といえばヴィム・ヴェンダースの「ジ・エンド・オブ・ヴァイオレンス」でも扱われていたテーマでもあったけれど、監視カメラの是非という次元というフェーズは既にここにはなく、犯罪を抑止するためには不可欠なものである社会がそこにはある。ポン・ジュノの「パラサイト」でも監視カメラは出てきていたけれど(同時にパラサイトでは裕福さを象徴してもいた)、監視カメラの不完全さも同時に描かれている。本作のパンフレットによると、監視カメラが付けられた事で映画の中で描かれたような窃盗犯罪は減ったらしい。
含みを持たせたラストのくだりも素晴らしく、前作「薄氷の殺人」でも警官役をやっていたリャオ・ファンのリン警部と、アイアイのやりとりは物語の終わりとしては申し分ないと思う。女性だけでどうやって生きていくんだ?という台詞があった通り、ザーノンの妻シュージュンとアイアイのふたりが、大金を抱えながら答えの見ない中歩いていく姿に女性としての生き様を感じさせる不確かさと強さを描いていた。
映画全体にはっきりとしたBGMは奏でられないものの、スコアを担当しているB6の音楽は殺伐とした情景を見事に奏でていたように感じた。B6は2009年にアルバムを出しているくらいのようなので、あまり情報がないものの中国にもモダンなテクノシーンがある事が伺える。
https://music.apple.com/jp/album/post-haze/330491873