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ジョアン・ジルベルトガイド⑭/ジョアン João 1991年

・パジャマ生活

ブラジル帰国後、ライブで公に現れる以外はレブロンの自宅でほぼ隠遁生活を送るジョアン。パジャマ姿のまま四六時中演奏に明け暮れ、部屋が乱れ荒れると他の部屋に移り、また荒れると他の部屋へと移る生活を続けていたという。
1990年、マリア・ベターニアのアルバムAnos25に収録されたMaria/Lindafloでジョアンは歌とヴィオラォンで参加する。Mariaはアリ・バホーゾによる楽曲で、マリア・ベターニアの名前にかけて選曲されたと思われる。Linda Florはエンリケ・ヴォルジェレールによる楽曲。

・クレア・フィッシャーの起用

同年ジョアンはクレア・フィッシャーをアレンジャーに迎えアルバムレコーディングを行う。還暦を目前に控えながらも、全アルバムの中で一番テンションが高く濃密な歌とヴィオラォンが展開されるアルバムとなる。テクニックはそれまで以上に研ぎ澄まされ、90年代のライブで顕著になる即興表現の萌芽をそこかしこに見る事ができる。
クレア・フィッシャーはもともと60年代に、ジョビンの曲をカバーしたアルバムをリリースしていたGetz/Gilberto以降のジャズミュージシャンだった。

70年代からはルーファスなどR&Bのアレンジも手掛けていて、80年代にはプリンスのアレンジも行なっていた。

一方このアルバムではそれらとは全く異なる、古いハリウッド映画のような、ノスタルジーあふれるストリングスアレンジを施している。
少々残念なのは所々でアレンジがジョアンの歌を邪魔してしまっているのと、濃厚さにクドさがあり繰り返し聴くほどの気軽さが無くなってしまっている。とはいえ一度ハマると抜け出せない濃密かつインティメイトなジョアンの世界観がしっかりと刻まれたアルバムとなった。
オガーマンのモダンなアレンジはサウダーヂを押し殺してしまったが、フィッシャーのノスタルジックなストリングスはサウダーヂと相性が良いため、もう少し整理されたアレンジが施されていればより完璧なアルバムとなったのではないかと思われる。

・収録曲について

ジャネッチ・ヂ・アウメイダによるEu sambo mesmo。ジョアンの演奏の中では最もテクニカルなもの。矢継ぎ早に入る歌と、内声コードチェンジが多い上、力まずにテンションの高い演奏は、他の人間には真似できない域まで達している。

Sigaはフェルナンド・ロボとエリオ・ギラマンスによる楽曲。ジェントリーなジョアンの歌唱が極まっている。

Rosinhaはかつてジョアンと入れ替わりで脱退したガロータス・ダ・ルアのメンバーであるジョナス・シウヴァの曲。ジョナス・シウヴァはその後のジョアンの歌唱に影響を与えたのかと思われるほど、粋でソフトなソフィスティケートされた歌と曲を残している。このソフトな歌のせいでグループを脱退しているのはなんの因果だろうか。アルバムの裏名曲。

Malagaはイタリアのフレッド・モングストによる楽曲。このアルバムではポルトガル語、スペイン語、英語、フランス語、そしてイタリア語と複数の言語の曲が収録されている。流して聴いていても言語の差は全く感じさせないほど、ジョアンの色に染め上げられている。原曲の濃い歌唱のボレロを全く感じさせないインティメイトなジョアンの歌を味わえる。

Una Mujerはパウル・ミスラキとオスヴァルド・フェレスによるスペイン語のボレロ。スペイン語はポルトガル語よりも語感が強い印象があるが、ジョアンのソフトな歌唱はそれを感じさせないまろやかさがある。

Eu e meu coraçaoはイナウド・ヴィラリーニョとアントニオ・ボテーリョによる楽曲。

コール・ポーターのYou do something to meはフィッシャーも馴染みが強いのか、自然なアンサンブルが聴ける。

ノエル・ホーザのPalpite Infeliz。若くして多くの曲を作り亡くなったサンバの大御所であるノエル・ホーザだが、実はこのアルバムまでジョアンはスタジオレコーディングしていない。このアルバムの中で、一番ボサノーヴァらしい曲かもしれない。

エリヴェウト・マルチンスのAve Maria no morro。ジョアンの深みのある歌唱が聴ける。

カエターノ・ヴェローゾの1978年のアルバムMuitoからのSampa。実はこの曲のPVはジョアンの弾き語りが収録されている。ミウーシャ曰くアレンジ抜きのバージョンのアルバムが未発表として残されているらしい。

ガロートのSorriu pra mim。ガロートはジョアン登場以前のプレボサノーヴァとして重要な人物である。ジョアンの勧めでエグベルト・ジスモンチのヴィオラォンをオーバーダブしたガロート曲集もリリースされている。

シャルル・トレネによるQue Reste-t-il de Nos Amoursはフランス語によるシャンソン。ブラジルとフランスの文化的つながりは強く、サンバカンサォンは直訳すればサンバシャンソンとなる。ヴィニシウスとピエール・バルーの繋がりや、ブリジット・バルドーがお忍びでブラジルに来ていたりと、フランスの音楽はブラジルの音楽へ、ブラジル音楽はフランスの音楽へお互いに影響を与えていた。

João

1.Eu Sambo Mesmo(Janet Almeida)
2.Siga (Fernando Lobo, Helio Guimarães)
3.Rosinha (Jonas Silva)
4.Málaga (Fred Bongusto)
5.Una Mujer (Paul Misraki, S. Pontal Riso, C. Olivare)
6.Eu e Meu Coração(Inaldo Vilarinho, Antonio Botelho)
7.You Do Something to Me (Cole Porter)
8.Palpite Infeliz (Noel Rosa)
9.Ave Maria no Morro(Herivelto Martins)
10.Sampa(Caetano Veloso)
11.Sorriu pra Mim (Garoto, Luiz Claudio)
12.Que Reste-t-il de Nos Amours(Charles Trenet, Leon Chauliac)

この頃ジョアンはブラジルのビール「ブラーマショッピ」のCMに出演している。


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