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機関投資家の株売却の裏側


 「機関投資家は実際にどのように株を売っているのか」という質問をいただきました。機関投資家の株の売り方には様々な手法があります。それを理解すると、業界の裏側が分かって面白いと思います。また、そうした知識を持っていると、マーケットの見え方も少し変わってくるかもしれません。私が実際に現場で見てきた話も含めて、詳しく解説します。

Vwap取引

 機関投資家が株を売買するときの手法としてVwap取引という方法がよく知られています。これは、その日の取引量加重平均価格で取引を行う方法です。
 個人投資家がファーストリテイリングを1株や2株買おうとするときには、指値注文や成行き注文など、様々な種類の注文方法があります。しかし、これらは小規模な取引で可能な方法です。

売買高加重平均価格(VWAP)
売買高加重平均価格(VWAP:Volume Weighted Average Price・ブイワップ)とは、当日の東京証券取引所のオークション市場で成立した価格を価格毎の売買高で加重平均した価格をいいます。売買高加重平均価格は、より取引実態に近い平均的な約定値段として、主に機関投資家の執行価格の目標値として用いられています。

日本取引所グループHP

大規模取引の課題

 例えば、100億円分の株を買いたいときに、100億円の成行き注文を出すと、価格が急騰してしまうことになります。また、指値で買い注文を入れたとしても、大量の買い注文が入ると売り手が引いてしまい、価格が上がってしまうことになります。
 大きな金額の取引は、自分自身の取引が市場を動かしてしまうことで、自分自身を不利な状況に追い込んでしまう場合があります。そのため、大きな金額で売買を行うときは、なるべく市場に影響を与えないように取引したいと考えます。

Vwap取引の流れ

 Vwap取引は、その日の市場で取引される金額の加重平均で証券会社と取引する方法です。
 証券会社は、Vwapで機関投資家に株を売る契約をした場合、その日の株式市場の取引時間中に加重平均の価格よりも安い価格で株を買うように取引を行います。毎日の出来高などからその日の出来高を予想し、出来高の10%程度の株を取得する必要がある場合、その日の取引時間中を通じて市場で取引される金額の10%程度がその証券会社の取引になるように、そしてなるべく安く買えるように注文を入れていきます。
 昔は経験豊富なトレーダーがいて、そうしたトレーダーの勘で取引を行っていましたが、今はほとんどの取引がAIが行っています。

先物取引

 Vwapなどの取引手法は、個別銘柄の取引を行いたいときに使われるトレード手法です。
 一方、個別銘柄に関係なく、これは金融危機になるかもしれない、または経済が大変なことになるかもしれないというような出来事が起こり、株のリスクを減らさなければならないという状況になった場合、どの銘柄を売るかを考える時間がかかるので、とりあえず先物を売るということを行うことが多いです。暴落したり、相場が大荒れになるようなときは、ほとんどの場合、先物に巨額の売買が行われます。

ブラックマンデーに株価の急落が始まると、「ポートフォリオインシュアランス」を行っている人たちがどんどん先物を売り、売りが売りを呼ぶ展開に発展しました。これが市場の変動を大きくし、マーケットを急落させる一因となりました。

ブラックマンデーの振り返り

先物取引の利点

 先物は現物の個別銘柄よりもはるかに取引量が多いので、株のリスクを落としたいときなどに売る商品です。
 例えば、2020年のコロナショックやリーマンショックなど、とりあえず先物を売っておいて、後で落ち着いたところでどの個別銘柄を売るかを決めて、個別銘柄の売りと先物の買い戻しを同時に進めていきます。そうすると、急に大変なことが起こったときなどに、一旦株のリスクを落としておいて、後でゆっくり銘柄を選ぶことができます。

先物取引の影響

 非常に早く指数が変動するようなときは、多くの場合、先物にまとまった取引が入っていることが多いです。私は過去に数100億円単位で日経平均先物に売りを出すのを見ていたことがありますが、先物とはいえ、数百円から数千億円を売ると、結構動きます。
 現物の取引は、そもそも市場に影響を与えないように工夫して行われますので、個別銘柄の取引で全体を急落させるということはなかなかありません。相場全体が急激に動くようなときは、先物主導であることが多いです。

悪材料と先物取引

 慌てて売らなければならないような材料が出てきてしまったときに、機関投資家がリスクを落とすために先物を売ってくるわけですが、この悪材料というのが実はそこまで悲惨な話ではないという状況になった場合、その後機関投資家は今度は先物を買い戻さなければならなくなります。
 先物を売ったのにその後価格が上がってしまったら大損になってしまいますので、また慌てて買い戻しをしなければならないわけです。その典型例が2016年のイギリスのEU離脱の国民投票の時や、2016年のアメリカ大統領選挙でトランプ大統領が誕生した時です。当日は先物主導で暴落し、そして翌日から買い戻しが始まりました。

政策保有株式とは

 もう一つ機関投資家の株売りで特徴的なのが政策保有株式の売却です。これは、持ち合い株式とも言われ、日本企業が昔から持ちつ持たれつの関係を築いてきた中で保有してきた株のことを指します。
 銀行の持ち合い株式を解消するために持ち合い株式取得機構というのを作り、そこに銀行が持っている株を引き受けさせるということも行われていました。

業務提携や取引を円滑に進めるためなど、何かしらの意図はあると思いますが、有価証券の取得を通じてどのように儲けるのか、明確なビジョンがないケースです。

今さら聞けない有価証券の会計処理

政策保有株式の売却

 持ち合い株式とは、お互いに株を持ち、お互いのビジネスにおいてお互いがお客様になっていて、完全にズブズブな関係になっているわけです。そのため、持ち合い株式を売るというのはある意味で裏切り的な感じで捉える人も昔は多かったです。
 実際、この政策保有株を売るというのはなかなか大変です。機関投資家の株式を運用している部署が売却候補の企業の財務部長などにまず打診をし、ある程度まとまってきたところでお互いの役員クラスでも会合を持ち、色々なビジネスでの手土産なども用意して了解を得るというような地道な作業を行っています。

政策保有株の売却の現実

 政策保有株が多い機関投資家の株式運用の担当者の仕事は、お詫び回りのようなことばかりやっているということも聞きます。機関投資家のイメージとは違うのではないかと思いますが、これも機関投資家のリアルな仕事です。


ご参考

 暴落相場の中でアクティブファンドは基本的に様子見をします。ファンドマネージャーは大きく動く相場の中で忙しく取引しているイメージがありますが、実際には様子見が多いです。

株価急落時の機関投資家の投資行動

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