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排出量取引制度と欧州自動車メーカーのジレンマ
現在、欧州の自動車メーカーは中国の電気自動車に押され、大きな苦境に立たされています。中国市場では欧州車の売れ行きが低迷し、また中国メーカーの台頭によって競争力を失いつつあります。そうした中、新たな問題として、欧州の自動車メーカーが中国のメーカーに対して莫大な金額を支払い、排出枠を購入する可能性が浮上しています。
ヨーロッパでの販売台数は前年同期比で増加していますが、中国では苦戦していることが分かります。ヨーロッパの販売台数の増加は、中国の販売台数の減少で全て吹き飛んでいます。
排出枠取引とは
排出枠(排出権取引)とは、温室効果ガスの排出削減目標を満たせない企業が、目標を超えて削減できた企業から「排出枠」を購入できる仕組みのことです。これにより、全体として温室効果ガスの排出削減を進めることができます。
EUは2050年までに気候中立を達成し「二酸化炭素(CO2)の排出を実質ゼロにする世界初の大陸になる」という野心を掲げる。その根幹を支える政策が、EU排出量取引制度(EU ETS:EU Emissions Trading System)だ。
現在、世界で最も温室効果ガスを排出しているのは中国であり、その次がアメリカです。この状況にもかかわらず、欧州の自動車メーカーが中国の自動車メーカーから排出枠を購入することになれば、中国メーカーをさらに支援する結果となってしまいます。これは、欧州自動車業界およびEUの政策の迷走を象徴する出来事とも言えるでしょう。
EU ETSの概要
EU ETSは、温室効果ガスの排出量に年次の上限(キャップ)を設け、余剰排出枠や不足排出枠の売買(トレード)を可能とする手法(キャップ&トレード方式)を通じて、温室効果ガスの削減を目指す制度だ。2005年に、当時のEU加盟25カ国に導入された。
欧州の排出削減目標と厳しい現実
EUは脱炭素社会の実現を目指し、以下のような厳しい目標を設定しています。
2021年対比で2030年にはCO2排出量を55%削減
2035年までに新車販売の100%をバッテリーEV(BEV)にする
日本で「EV」とされるバッテリー電気自動車は、英語圏では「Battery Electric Vehicle(BEV)」と呼ばれています。
この目標に従い、自動車メーカーは毎年の排出削減基準を達成する必要があります。2025年には、新車販売のうち20%をBEVにする必要がありますが、現在の状況では達成が難しいと見られています。
実際、2024年の新車販売のうち、BEVの割合は13.6%にとどまり、販売台数も前年比5.9%減と低迷しています。特にドイツでは、政府のEV購入補助金が終了した影響で販売が落ち込んでおり、目標達成は困難な状況です。
排出枠購入か、罰金か
このままでは、EUの規制により自動車メーカーは罰金を支払う必要があります。その金額は、160億ユーロ(約2兆5,000億円)に達すると見られています。
罰金を回避するための選択肢は2つあります。
1.排出枠を購入する
2.ガソリン車・ディーゼル車の販売を減らし、無理やりBEVの割合を20%に引き上げる
しかし、2番目の方法は全く現実的ではありません。販売台数を減らせば、収益の大幅な減少や工場の稼働停止といった悪影響が避けられません。そのため、EUの厳しい基準に適応するために、排出枠を購入するという選択肢が浮上しているのです。
排出枠購入先
そして、排出枠を最も安く提供できるのは中国メーカーである可能性が高いです。もし欧州メーカーが中国メーカーから排出枠を購入すれば、中国企業の収益が増え、ますます競争力を高める結果となるでしょう。これは欧州の自動車産業にとって大きなジレンマです。
EUと自動車業界の対立
この問題をめぐり、1月末にはEUのフォン・デアライエン委員長と自動車業界の幹部が会合を開きました。自動車業界は「目標達成が非現実的だ」として罰金の撤回を求めましたが、EU側は「自動車業界の努力が足りない」との姿勢を崩さず、議論は平行線をたどっています。
現在のEUの制度では、自動車メーカーが罰金を回避するために中国に資金を流し、中国メーカーがさらに競争力を強化するという矛盾が生じています。そのため、EU内でも「罰金の支払い期限を12年間延期すべき」との声もありますが、これも根本的な解決にはなりません。排出削減目標そのものを見直すべきではないかという議論も出ていますが、EUがこの政策を変更するのは容易ではないでしょう。
イギリスでも同様の問題が発生
イギリスでは、2024年12月にBEVの販売が急増しました。一見すると市場が活性化したように見えますが、実際には自動車メーカーが罰金を回避するために年末にEVを大幅値下げした結果でした。
イギリスでは、新車販売の22%をBEVにする義務があり、基準を満たさなければ1台あたり1万5,000ポンド(約300万円)の罰金が科されます。このため、各メーカーは年末に在庫を処分する形で販売台数を調整したのです。
日本の排出量取引制度
日本でも2026年から国内排出量取引制度が本格的にスタートする予定です。現在の欧州の状況を見ると、日本でもEV市場の動向や排出権取引の仕組みが今後の経済に大きな影響を与える可能性があります。
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総括
このままでは、欧州の自動車メーカーがますます苦境に陥り、中国メーカーに対する競争力を失う可能性があります。EUは、脱炭素目標を維持しつつも、より現実的な政策の見直しを迫られているのかもしれません。引き続き情報をアップデートしていきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。
ご参考(欧州自動車業界の記事のまとめ)
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