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生命保険会社の国内債券含み損の影響について
2024年第1四半期の決算において、生命保険会社が保有する国内債券が大きな含み損を抱えていることが報道されています。これは、日銀が利上げを進める中で予想されていたことです。この記事ではその影響などを解説します。
日銀の利上げと国債利回りの上昇
日銀は今年3月にマイナス金利を解除し、7月に追加の利上げを行いました。それを見越して、昨年あたりから既に大きく国債の利回りは上昇していました。こうした中で、機関投資家が保有している国内債券が含み損になることは予想されていたことですが、特に影響が大きいと見られているのは生命保険会社です。
生命保険会社の債券保有状況
それはなぜでしょうか。金利が上昇した時に期間の長い債券ほど価格が大きく下落するため、長期の国債を多く保有している生命保険会社が特に影響を受けるからです。銀行は基本的に中期債が中心なので、価格下落もそれほど大きくはありません。
第1四半期の決算結果
生命保険会社の保有債券の状況ですが、8月9日に発表された第1四半期の決算で、大きな含み損が確認されました。規模もかなり大きなものになっています。
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金額だけ見ると、大変なことになるのではないかと思われるかもしれませんが、影響は少し複雑です。結論ですが、すぐに経営危機になるような心配はありません。しかし、全く問題がないというわけではなく、ボディブローのようにじわじわと効いてくると考えています。
有価証券の会計処理
企業が保有する有価証券は、保有目的ごとに会計処理の仕方が異なっています。通常、売買目的、満期保有目的、その他の3つに分かれますが、生命保険会社の場合は特別にもう1つ「責任準備金対応」という保有目的が認められています。
責任準備金対応債券の特徴
責任準備金対応債券とは、保険の将来の支払いに対応するために保有する債券のことで、債券を保有する時に保有目的を責任準備金対応とすると、価格変動は決算書に記載しなくても問題ないということになっています。つまり、含み損益が発生しても、責任準備金対応の債券は決算書上では簿価で記載されることになります。
簿価とは買った時の値段だと考えていただけいて問題ないです。債券の場合は厳密には少し違う場合もありますが、簿価は買った時の値段だと考えれば今回の話は理解しやすいと思います。
含み損の影響
責任準備金対応債券として保有している債券は、いくら含み損になっても含み損は含みでしかなく、決算書にも計上されないため、影響は軽微ということになります。
含み損が決算書に計上されないことに不安を感じるかもしれませんが、責任準備金対応とは保険の負債に合わせて債券を保有しているということであるため、基本的に満期まで債券を売ることはないという考え方です。したがって、含み損はあくまで含みでしかなく、途中で売ることのない責任準備金対応債券の含み損は現時点で大きな影響はないということです。
保険の解約増加の影響
しかし、これが全く影響がないかと言うと、そういうわけではありません。いくつか問題があります。
まず1つ目は、保険の解約が増えてくると、責任準備金対応として保有している債券を売らないといけなくなり、損失を確定しなければならなくなることです。
金利が上がってくると、新しく販売する保険の予定利率が高く設定されます。予定利率とは、集めた保険料を保険会社がこの利率で運用しますよという利回りのことです。予定利率が高くなると、保険料を安く抑えることができます。したがって、金利が上がってくると、同じ保証内容で予定利率の高い保険に乗り換えることで、契約者は保険料を安く抑えることができるようになります。
金利上昇と保険解約の増加
金利が上がってきて保険の解約が増えてくると、その保険の支払いのために保有していた責任準備金対応債券を売らなければならなくなります。これが金利上昇の中で生命保険会社が最も苦しくなる状況です。
今のところこの問題で経営危機になるようなことは想定されていませんが、これからもっと金利が上がってくると問題になってくるかもしれません。この辺りは金融庁も注意深く監視しているようです。
ソルベンシーマージン比率の影響
もう1つは、ソルベンシーマージン比率と呼ばれる保険金の支払い能力を示す指標が下がってしまう影響です。2025年から新しい基準で保有資産を時価で評価する計算方法に変わります。その影響で責任準備金対応債券に関しても価格が下落してしまったものは評価を下げることになります。
そうなると、会社全体としてはリスクを抑えなければならなくなり、海外への投資なども含めて積極的な資産運用ができなくなる可能性があります。
責任準備金対応債券の入れ替え
最後に、これは債券の関係者しか知らないかもしれませんが、生命保険会社は責任準備金対応債券の入れ替えを定期的に行っています。これからはその入れ替えを行う時に損が出るため、決算の数値を良くするのが難しくなっていくかもしれません。
責任準備金対応債券は保険金の支払い見合いで保有していますが、保険金の支払い時期や金額と綺麗に合わせて債券を保有しているわけではなく、金利感応度などでざっくりと管理しています。したがって、徐々に資産と負債の金利感応度に差が出てきてしまい、毎四半期その調整を行っています。
資産側の期間を伸ばすような銘柄入れ替えを行うことが多いのですが、既に保有している債券を売って新しい債券を買うことになります。異次元緩和時代はほとんどの国内債券が含み益だったため、この入れ替えを行うタイミングでいつも利益が出ていました。しかし、現在は多くの国内債券が含み損になってしまったため、入れ替えを行うことで損が出てしまいます。
この入れ替え自体は絶対に行わなければならないため、毎回必ず損が出ることになります。そうなると、損を埋めるために株の売却を行うなど、別の儲かっている資産を売らなければならなくなり、コントロールが難しくなっていくことになるでしょう。
生命保険会社の経営への影響
このように、生命保険会社の大きな国内債券の含み損は、すぐに経営危機になるような問題ではありませんが、じわじわとダメージを与えていくことになるでしょう。
特に、金利がさらに上昇してくると、保険の解約が増えていく可能性があり、まだその状況は心配されるほどではありませんが、増えてくると含み損が実現損になり、経営に悪影響が及ぶ可能性もあります。
ご参考
PL(損益計算書)と記載していますが、企業は、会計期間ごとに情報を開示することが求められています。会計期間で区切り、経営成績を開示します。予算と実績の比較をしたり、されたりします。また、このタイミングで収益性の改善を求められたり、来年こそは頑張りますとアピールしたりすることもあるわけです。