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ボラティリティに着目したリスクヘッジトレード


 2024年8月5日、日経平均株価が大暴落するなど、世界の株式市場が大荒れとなりました。また、少し値動きの荒い展開になってきています。そのような状況で注目されているのが、ボラティリティに着目したリスクヘッジトレードを行っているヘッジファンドの動きです。この記事では、ボラティリティに着目したリスクヘッジトレードを行っている機関投資家について解説します。

リアルマネー投資家とヘッジファンドの違い

 まずは、リアルマネー投資家とヘッジファンドの違いについて簡単に説明します。
 年金基金、ソブリンウェルスファンド、保険会社などがいわゆるリアルマネーと呼ばれる投資家です。リアルマネー投資家は運用している金額も大きく、経済のファンダメンタルズに基づいた長期の投資を行うため、ファンダメンタルズに着目して市場を見るにあたり参考になります。しかし、こうしたリアルマネー投資家は持っている資産の規模は大きいものの、それを頻繁に動かすわけではありません。
 一方で、ヘッジファンドなどの足の早い投資家については、1つ1つの投資家が運用する資産規模はそれほど大きくありませんが、レバレッジをかけて持っているお金以上に投資を行う場合もありますし、短期目線で頻繁に動かしています。そのため、短期的なマーケットの動向という意味では、こうしたヘッジファンドのような足の早い投資家の動きが非常に大きな影響を与えています。7月中旬から8月前半にかけて起こった円キャリートレードの巻き戻しもその典型的な動きだったと言えるでしょう。

円のキャリートレードが増えてくると円を売ってドルを買うことになるので、円安が加速する一つの要因になっていました。

円キャリートレードの解説とその行方について

ボラティリティに着目したトレード

 今回解説するのは、そうした足の早い投資家たちの動きです。ボラティリティに着目したリスク管理トレードを行っているところが非常に多くなっていて、それが市場の変動を大きくしたという話です。

インプライドボラティリティとボラティリティ

 最近インプライドボラティリティというものを基準にトレードを行っているヘッジファンドがたくさんいます。
 ボラティリティというのは価格変動の度合い
のことです。標準偏差というものが用いられることが多いです。価格変動の度合いを数値化したものだと考えていただければいいと思います。

インプライドボラティリティの基準

 ただのボラティリティではなくインプライドボラティリティというのを説明します。インプライドというのは「示唆される」という意味の英語です。つまり、示唆されるボラティリティという意味ですが、何から示唆されるかというとオプション取引です。
 
オプション取引というのは、買う権利や売る権利のことですが、このオプションの価格というのが満期までの期間や金利など、いろいろなものに影響を受けます。ボラティリティもオプション価格を決定する重要な要素の1つになっています。この関係性から、市場で取引されているオプションの価格から逆算して求められるボラティリティがインプライドボラティリティです。

オプションから得られるリスク量はオプションの価格から示唆(インプラ イ)されるボラティリティであることから、インプラ イド・ボラティリティ(IV)と呼ばれています。

財務省HP

オプション取引とリスクヘッジ

 オプション取引は昔からリスクヘッジの手法として広く使われていて、そのオプション取引から導かれるインプライドボラティリティが市場参加者のリスクセンチメントを知るための1つの指標になるということで、昔からよく様々なものに用いられてきました。
 このインプライドボラティリティそのものを取引できるようにしよう、インプライドボラティリティそのものでリスクヘッジができるようにしようということで考え出されたのがボラティリティインデックス、いわゆるVIX指数というものです。

VIX指数の特徴

 VIX指数はマーケットが荒れてくると上昇し、落ち着いてくると下がってくるという特徴があります。株式市場を見ている方は、VIX指数が20を超えてくるとリスクオフが強まると言われているので、注目している方も多いと思います。
 S&P500のオプションから算出されるインプライドボラティリティを数値化したVIX指数は1993年から公開されています。そして2004年からはVIX指数先物取引がスタートしていて、VIX指数を使ったリスクヘッジが行えるようになりました。

リスクパリティファンドの役割

 VIX指数に着目している投資家は様々なタイプがいます。そのうちの1つにリスクパリティファンドというのがあります。リスクパリティファンドというのは、すごく簡単に言うとポートフォリオのリスクを一定に保とうとする戦略をとります。ポートフォリオのリスクの計算の元になっているデータがVIX指数になっています。つまり、VIX指数が上昇するとリスクを減らさないといけないということになり、そうしたリスクを回避する動きが市場の変動を増幅することになるわけです。

VIX指数と市場の変動

 VIX指数を基にしたリスクパリティファンドが市場の変動を大きくしているという指摘は、2010年代の終わり頃から度々言われてきています。
 VIX指数のショートポジションというのは、VIX指数が下がることにかけるポジションです。VIX指数というのは上がると市場が混乱し、下がると市場が落ち着くということを意味します。そのため、市場が落ち着くことにかけるポジションを持っているということになります。
 その結果、何もない時は市場はすごく静かで、何か良くないニュースが出た時に一気にポジションの解消が起こってマーケットがドカンと下がる。こうしたVIX指数に着目する投資家の動きが、このドカンと市場が落ちるというのを増幅し、不安定化させているという指摘が以前からあります。

8月5日の大暴落とVIX指数

 8月5日の大暴落もそうですが、アメリカの景気が悪くなるといった悪いニュースが出てくると、VIX指数のショートを買い戻す、つまりVIX指数を買って指数が上がる方向の取引が行われるので、市場が一気にリスクオフムードになり、株式市場が急落するということが起こるわけです。

VIX指数のショートポジションのパフォーマンス

 この問題は10年ほど前から言われていることですが、あまり有効な対策は今のところ講じられていないと言えます。みんながみんなVIX指数のショートポジションを持っていて、儲かるのかと思われるかもしれませんが、全体として見るとパフォーマンスはそこそこ良いようです。その背景としては、これまでずっと金余りの時代が長かったことから、金融市場全体としてリスクを取りたい投資家が多く、株が下がったら買いたいと思っている投資家が非常に多いので、ボラティリティのショートという戦略はそこそこ良いパフォーマンスを上げてきました。

市場の変動を大きくする状況

 このような環境が続く限り、こうした機関投資家の戦略が市場の変動を大きくする状況がしばらく続いていくことになりそうです。過去にもこうした新しいリスクヘッジの手法が流行った時がありましたが、そうしたリスクヘッジの手法があまりにも多くの人に使われるようになると、市場が偏りすぎて逆に市場を不安定にしてしまうということも起こっています。このVIX指数に着目するリスクヘッジトレード戦略についても、また同じような道を辿っていくことになるかもしれません。


ご参考

ブラックマンデーの展開
 結局、ブラックマンデーに株価の急落が始まると、「ポートフォリオインシュアランス」を行っている人たちがどんどん先物を売り、売りが売りを呼ぶ展開に発展しました。これが市場の変動を大きくし、マーケットを急落させる一因となりました。

ブラックマンデーの振り返り

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