英国の刑務所システム破綻と受刑者早期釈放問題
2024年9月10日、イギリスで刑期を終えていない1,750人の受刑者が釈放されました。10月末までに5,500人を釈放する計画の一部が実施されました。なぜ刑期を終えていない囚人を釈放するのか、刑務所が足りないからです。現在のイギリスの刑務所システムの状況は「破綻」という言葉を使っても決して言いすぎではないでしょう。
早期釈放の背景
今回の5,500人の受刑者の釈放は元々計画されていたものです。政権幹部も認めているように、これらの人々が再び犯罪を犯すリスクがある中で、刑務所のキャパシティが足りないという理由での釈放は、刑務所システムの破綻と言っても過言ではありません。
7月末に起こった17歳の少年がダンススクールで子供3人を殺害した事件の後、移民反対の暴動が起こり、1,200人以上の逮捕者が出ました。この事件で刑務所のキャパシティに注目が集まりましたが、この事件の前からいずれ刑務所が満杯になることは予想されていました。
スターマー政権の対応
今年の7月にスターマー政権が発足してすぐにマフムード司法大臣が決定したものです。マフムード氏は保守党のスナク政権が問題を先延ばししてきたせいと主張しています。スナク政権の時から囚人を早期釈放するしかないと指摘されていましたが、それが実際に行われた状況です。
刑務所が満杯になる中で、刑務所の増設が追いついていないため、どうするかという問題が生じました。犯罪者を捕まえないわけにもいかないので、罪の軽い人できちんと服役している人の中から一定数を釈放することにしたのです。刑期が4年以下でその40%以上を終えた者が今回の対象になっています。逆に言えば、刑期の4割しか終えていないのに釈放される受刑者がいるということです。
釈放される受刑者の条件
今回釈放される受刑者は、家庭内暴力、性犯罪、ストーカー行為などの犯罪者は除かれますが、麻薬の密売や強盗などで服役している受刑者が含まれています。早期に釈放された囚人たちは足首に電子タグをつけられ、保護観察局に監視されるほか、夜間の外出が禁止されるそうです。
犯罪者増加の要因
犯罪者が増えて刑務所が満杯になってしまった要因としてはいくつかあります。1つは刑期が長くなっていることです。シンクタンクなどの調べによると、窃盗による刑期は2013年に比べて2023年は36%長くなっているということです。
また、刑事裁判の増加によって審理に時間がかかり、裁判の開始や判決を待っている人が増えていることも刑務所の空きが少なくなっている要因です。これも人口の増加や犯罪の増加にインフラが追いついていないという問題と言えるかもしれません。
刑務所のキャパシティ不足
9月6日時点のイングランドとウェールズの受刑者の数は8万8,000人で過去最高、空部屋はわずか1,098室だったということです。刑務所が足りないのになぜ増やさないのかというと、刑務所を増やしてこなかったこともこの問題の1つの要因です。
保守党は2021年に、2020年代中に2万人以上を新たに収容できるように刑務所を増やすとしていましたが、それ以降実際に増やされたキャパシティは6,000にとどまっています。こうした計画が進まなかった要因は、予定よりも費用が高騰したことや建設予定地での反対運動が起こったことなどです。
労働党政権の方針
7月に労働党政権が誕生してから、犯罪者の取り締まりを強化していく方針を打ち出しています。これまで万引きを含めた窃盗は警察が取り締まらなくていいということになっていましたが、これを見直して取り締まりを強化していくことになりました。当然逮捕者が増加していくことが予想されます。
それに合わせて刑務所を増やしていく計画ですが、それでも犯罪者の数に追いついていかないと見られています。今後も同様に刑期を終えていない受刑者を早期に釈放するという措置が取られる可能性が高い状況だと政府は言っています。
再犯のリスクと対策
今回釈放される5,500人の囚人が再犯しないか、そして彼らが行き場を失いホームレスにならないか非常に心配していると労働党政権の幹部も発言しています。刑務所が満杯になったから追い出したとしても、彼らは社会の中で行き場を失い、結局どこかで溢れてしまう。この問題の根本的な解決にはならないと述べています。ただ、今の状況ではこれしか方法がないといったところです。
今回受刑者が釈放されるのはイングランドとウェールズにある複数の刑務所ですが、その1つが西ロンドンにあるウォームウッドスクラブプリズンという刑務所です。9月10日、受刑者が釈放されるにあたり、多くの警官が配備され、報道人も詰めかけました。日本のメディアの関係者も訪れていたようです。
場所はセントラルラインという地下鉄のホワイトシティとイーストアクトンの間ぐらいのところです。イーストアクトンからあと二駅西に行ったウエストアクトンという駅の近くにロンドン日本人学校がありますので、日本人もたくさん住んでいる地域です。ホワイトシティにはウエストフィールドという大きなショッピングモールがあり、ロンドンに住んだことがある人なら行ったことがあるという人が多いと思います。
釈放された受刑者たちがどこへ行ったのか、不安に思っている人たちも多いのではないでしょうか。
スターマー首相の主張
スターマー首相はこの問題について、再犯率を下げるような取り組みをしていかないといけないと言っています。スターマー首相は犯罪者の支援などを行ってきたジェームズ・ティンプトン氏を刑務所大臣に任命しました。
ティンプトン氏は靴修理店を経営しながら元犯罪者の採用と支援を行ってきた人物です。彼は、罰を与えるだけの刑務所は犯罪の抑止につながっていないと主張しており、刑務所の有効性を批判してきました。労働党政権がティンプトン氏のもとで元犯罪者の再犯防止のためにどのような取り組みを行っていくのかにも注目が集まっています。
自己防衛の必要性
イギリスでは、元々自分の身は自分で守るしかないという状況ですが、ますます危険な状況になっていると感じられます。今回の受刑者の早期釈放は、刑務所システムの破綻を象徴するものであり、再犯のリスクが高い中での釈放は社会にとって大きな不安要素となっています。
ご参考