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酒見賢一先生死去

◉1989年に『後宮小説』にて第1回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、デビュー。この昭和が終わって平成が始まった年は、自分がようやく大学に合格し、上京した年なので。アニメ化された『風のように雲のように』も傑作で、感慨深いです。自分よりちょっと歳上の人が、自分の好きな中華風歴史ファンタジーで鮮烈なデビュー。その後、『墨攻』や『陋巷に在り』など、次々と傑作を発表し。遠い存在でした。それが59歳で急逝、面識はない作家さんでしたが、ショックです。

【「後宮小説」「墨攻」など 作家の酒見賢一さん死去】産経新聞

 中国の歴史を題材にしたファンタジー「後宮小説」などで知られる作家の酒見賢一(さけみ・けんいち)さんが7日、呼吸不全のため死去した。59歳。福岡県出身。葬儀は近親者で行った。

 愛知大卒。第1回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した「後宮小説」でデビュー。同作はテレビアニメ化もされた。

 史実を踏まえつつ、豊かな想像力を発揮した小説に定評があり、中国・戦国時代を舞台にした「墨攻」は漫画化され、日中韓合作で映画化もされた。

https://www.sankei.com/article/20231115-RFICWLSLCFIORFLVO2NVAU5DMI/

『後宮小説』はファンタジー小説かと言えば、ちょっと疑問ではあります。架空の中国っぽい国での、ある種の王朝興亡史。そういう意味では『薬屋のひとりごと』の先駆的な作品ですね。ただ、御本人のインタビューで、わりとそこは狙って出した部分があったようで。確かに、剣と魔法の『指輪物語』的なファンタジーがワラワラとくる中、骨太な中華王朝作品が来たら、選者の印象はかなり良いでしょう。そういう意味では、『宮廷女官チャングムの誓い』の先駆的な作品でもありますが。

そして『墨攻』。自分が尊敬する久保田千太郎先生の脚本、森秀樹先生作画の傑作です。森秀樹先生は、少年ビックコミックでのデビュー作から、自分はずっとファンで。それが、一気に劇画調の絵柄に変わり、新境地を開拓された傑作でした。小説版とは異なる結末に、もうめちゃくちゃ心奪われました。まぁ、人気が出すぎて、連載が引き伸ばされたのは、良し悪しですが。小説版は、1冊の中にギュッと人間模様が詰まっていて。どちらも傑作です。何故かKindle版がないですが。自分は新潮社版の小説を、即購入しました。

そして『陋巷に在り』ですが。呉智英夫子も絶賛されていましたが。なるほど、酒見先生の中では、諸星大二郎先生の『孔子暗黒伝』のような作品世界が好きで、その世界観で作品を書いていたのだと。ただ、諸星先生の世界は、ダークすぎるので。その結果生まれたのが、『後宮小説』だったのだなと。こちらは、孔子の弟子の顔回が、師に迫る様々な魑魅魍魎や政敵と戦うサイコ・ソルジャーだったという、ぶっ飛んだ世界で。ようやく、自分が酒見先生の何に惹かれたのか、納得できる面が。

『泣き虫弱虫諸葛孔明』は、全5巻のもうひとつの代表作。中国では、『三人寄れば文殊の知恵』という諺が、『三人のしがない靴屋が諸葛亮に勝つ』という言い回しに変わるそうです。それだけ、知恵者の象徴なのでしょう。他にも『諸葛亮の羽扇(深謀遠慮の意味)』や『事後孔明(理屈と膏薬はどこでも付く)』みたいな言葉が、たくさんあるようですが。その諸葛亮孔明を、けっこうな俗物として描く、これまた奇妙な作品でした。史実を元にしながら、史実から離れる。それが酒見先生の真骨頂なのかも知れません。

酒見先生に関しては、作家の才能論でも卓見に驚かされた記憶があります。例えば、評価が◎○△×の4段階で、審査員が3人いた場合。デビューしやすいのが○○○の評価だが、プロになって伸びるのは人は◎◎×のタイプだ、と語っておられました。これは、編集者としての自分の実感とも、合致します。才能の評価の本質、とでも言いますか。佳作デビューは出世する、みたいな? 高橋留美子先生も、藤子不二雄先生が絶賛したのに、佳作デビューでした。そう、審査員の誰かが×を付けたのでしょう。

審査員の作家は、自分の敵にならない作家には○、つまり75〜80を付けます。でも、自分の脅威になるような才能には×、0点を付けます。どうやっても自分が敵わない才能には◎、100点を付けます。よく解らない才能には判断保留で△、40〜60点を付けます。つまり、作家の0点は75点より高い、ということです。点数が内容と一致しない。この逆説が、人間論でもあります。そしてこれは、小説版『墨攻』で描かれた結末にも、繋がっています。寅さんの名言ではないですが、人は理屈では動かない、という部分にも通底しますが。

まだ59歳。還暦や耳順になったとき、そんな歴史小説を書いてくれるか、楽しみだったんですが。残念です。酒見賢一先生のご冥福をお祈りします。合掌

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喜多野土竜
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