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山登りとうつとわたし

山を初めたきっかけは
山が「自分は自分でいいのだよ」と言ってくれている気がするから

なんていうのは建前だが、

なんていうかな、
私は治療の一環として山に登っている。

自分の人生転換期に出会った(正しく言うと“再会”した)山登り。

わたしは2022年にうつ症状でお仕事できなくなった。バスケを教えることに一筋の教員だったわたし。
それまでの人生もバスケットボール一筋で生きてきたのに、突然バスケが怖くなった。

自分がうつ病になったことで、
それまでの価値観が一気に崩れ去った。

病気になる前まで自分は
「世の中で善いとされる価値観を無理やり信じようと生きてきた」ように感じる。

無理をして、自分が周りの人からちゃんと認められてるかな、子どもたちに何か与えてあげられてるかな、そんな風に、外ヅラに120%気を遣って生活していたんだと思う。

土日も何もかもを大好きなバスケットボールに捧げて幸せだったんだけど、
どうやら知らないうちに身体と心は消費されていたみたい。

自分を見つめてなかったから、多くの人に迷惑かけた自分に対して存在価値を見出せなくなった。

ゆっくり、たっぷり時間をかけ毎日自問自答する中で、
祖父や母が嗜んでいた登山にふと触れる機会があって、そこでハマった。
小さいころ、祖父が山に行って何週間も帰ってこないこともしょっちゅうあった。
子どものころはなんとも思ってなかったけど、
きっと祖父も、戦争で残虐なことをした自分を悔いていたはず、そんな自分を見つめるためにも山に登ってたのかも、なんて想像したりする。

いざ自分が自分を見つめる時間を持ってみると、わたしにとっても山は最適解だと思っている。

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「なにが起こるか、わからないから旅なんだ」

思春期に水曜どうでしょうに夢中になっていたわたしは、どうやら潜在的に「どうでしょう的生き方」に憧れを持っているようだ。

こだわりとかがないから、何かを決める時はサイコロふって決めればいいと思ってるし、出来ることなら旅を生活の中心にしたいくらいだし、
基本的に「いいじゃないか」精神で生きたいと思ってる。

幼いころは、姉が勉強がすごかったから、自分も同じくらいのやらなきゃ、と家族の顔色伺って勉強していたし、
「男たるものなんとやら」という家庭教育を受けていたので、スポーツでも最低限頑張らないと、と思ってやっていた。
バスケットボールは大好きになれたから頑張ろうと思って長年やってきたけど、今思えば本当に楽しめていたのかなあと疑問に思うこともある。

うつ病になって、一度すべて頑張ることをやめた。やめた、というか何もできなくなったのでね。

一度、ベンチャー企業で社会復帰してみたが、半年ちょっとで再発。
こりゃあ、いわゆる昭和生まれが考える「ふつうの社会人生活」はできないなと感じた。

自分は基本的に誰かのために動いてきたから、組織の中で力を発揮するなら誰かのために活動できる自負はある。
でも結局それによってまた身体も心も浪費して、自分を壊していってしまうので、これは私には、合ってないんだ、という結論である。

じゃあ自分にはなにが合ってるんだと考えると、

自分に合ってるのはなにもしないで「受け入れる」ことなんじゃないかなと思う。

山に登ると、坂を登るつらさや、風の強さ、暑さ寒さ、匂い、不安定な足元、寝床のゴツゴツした石、、、
こんなものたちを受け入れないとやってけない。

でも受け入れれば、言葉で表現しきれないような景色を見せてくれるのが山であり、旅なんだ。そういうのが自分は好き。

雨が降ってる。頑張って雨にあたらないように走ろう、いやいや、べつに濡れたっていいじゃない。
カンカン照りで暑いからもう引き返そう、いやいや、べつに焼けたっていいじゃない。

こんなふうに自然を受け入れることで、自然はわたしを受け入れてくれる。わたしの存在を肯定してくれるようで、うつ病で自己否定の日々を送っている自分にとって、山は最良の治療院なのである。

現時点で病気が治ったとは思ってない。いまはどのように病気と付き合っていくか、模索している段階である。

山を登ることで自分を見つめられるようになったことをきっかけに、山に関することで生活できるようになることが、次のステップかなあ。

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