『世界 2024年7月号』
特集2「日本の中の外国人」が読みたくて手に取った。
最初は、特集2だけ読んで終わりにしようと思っていたが、これだけは読みたいと思う文章が次々に目について、けっこう読まされてしまった。
この辺りは、本誌の力だと思う。
安田浩一「ルポ 埼玉クルド人コミュニティ」:
ヘイトに携わる人々を見ると、どうしても一人の人物の姿を思い出してしまう。芥川龍之介「蜘蛛の糸」のカンダタである。/
《犍陀多(かんだた)は、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。
ー中略ー
ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限りもない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。
ー中略ー
そこで犍陀多は大きな声を出して、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己(おれ)のものだぞ。お前たちは一体誰に尋(き)いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚(わめ)きました。》(芥川龍之介「蜘蛛の糸」)/
自分だけは貧しい暮らしから抜け出したい、だが、自分よりも下にいる人々(たとえば非正規滞在の外国人。)が最低限度の文化的生活をおくるなどということは、絶対に許せない。
おそらく、部落差別などと共通する心情だろう。
人間というものは、実に哀しい生き物である。
《何故に人間はかく在らねばならぬのか?》(安部公房『終わりし道の標に』)/
鈴木江理子「育成就労制度」でも継承される問題構造」:
今回の入管法と技能実習法の改正の問題点を分析している。
技能実習制度は、低賃金や残業代の未払い、長時間労働、労働災害の多発、技能実習生への様々なハラスメント、失踪問題など技能実習生に対する数々の権利侵害を指摘されて来た制度だった。
有識者会議では当初廃止を目指していたが、いつのまにか「発展的解消」とトーンダウンした。つまりは、「廃止」と言い得るほどの改善はなされていないということではないか?
育成就労制度で、育成就労から特定技能1号へ移行して、さらに定住型の特定技能2号に移行したとしても、定住が可能になるまでには13年かかる。
その間ずっとアジア・アフリカの人々に対する外国人差別を制度化した入管法の取り締まりを受けるわけだ。
だが、外国人労働力を求めているのは、必ずしも世界中で日本だけといわけではない。
お金持ちの欧米人は「オ・モ・テ・ナ・シ」しても、貧しいアジア・アフリカの人々は、低賃金労働だけを食い物にして、定住は「オ・コ・ト・ワ・リ」するという本音の透けて見える制度では、グローバルな労働力獲得競争において、日本は必ずや破れ去るであろう。
その時になって、ようやく制度の問題点に手を付けようとしても、もはや遅きに失するのではないか。
それにしても、なにゆえこれほど日本人は外国人が嫌いなのだろうか?
二百年間の鎖国が、このように抜き難い島国根性を育んだのであろうか?
この「外国人嫌い」が船底に開いた穴となって、あえなく「日本沈没」とならなければいいのだが。/
橋本直子「「難民を受け入れる」ということ──線と面で考える」:
先日、加藤丈太郎編著『入管の解体と移民庁の創設 出入国在留管理から多文化共生への転換』を読んだときに、気になりつつも触れずにやり過ごしてしまった
文章がある。
《入管当局が難民認定をする国はほとんどありません。日本でも独立した第三者機関が難民認定をするべきなんです。》(大橋毅弁護士/前掲書、平野雄吾『「無法」地帯と暴力ーー入管収容における暴行、懲罰の実態』)/
という部分だ。
今、本書と並行して、アレクサンドル・リトヴィネンコ、ユーリー・フェリシチンスキーの『ロシア闇の戦争: プーチンと秘密警察の恐るべきテロ工作を暴く』を読んでいるのだが、その関連で気になったことがある。
ロシア連邦では、ソ連のKGB(ソ連国家保安委員会)の後継組織であるFSB(ロシア連邦保安庁)が、現在も国政の中枢を牛耳っている。
それゆえ、反対勢力には死をというKGBの慣行が、今なお根強く残っている。
日本の入管の前身は特高警察だが、現在の入管行政の非人道性を見れば、入管の組織内に特高警察時代の文化や空気が脈々と受け継がれているのではないかとの危惧を抱かざるを得ない。
日本の入管・難民認定制度の抜本的改革のためには、やはり難民認定事務の入管からの分離が不可欠なのかもしれない。/
現在のロシアのウクライナ侵攻を、ソ連崩壊の最終段階と読み解いた歴史学者がいる。みごとな読み解きだと思う。
《現在はむしろ、(略)ソ連という「帝国」が崩壊する最終段階にあたると考えられる。歴史の流れからみると、今回の侵略は、帝国崩壊の際にしばしば生じる血なまぐさい事件の一つだ。》(菊池努・青山学院大学名誉教授)/
その伝でいけば、現在の日本の入管・難民制度は「鎖国からの目覚めの途中段階」と読み解くことはできないだろうか?
そんな気がしてならない。/
榎本 空『島に帰る第六回「長い聞き取り」』:
伊江島で戦争体験の聞き取りをする話だが、目取真俊の小説の世界を思い出して、なんとなく心惹かれて最初から読みたくなってしまう。
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