訴えに耳を傾ける

「おトイレ行きますか?」

食堂で手をあげる姿に対しての、なにげない一言だった。

ただ、目の前の車椅子に乗った80代女性から返ってきた言葉は、予想していなかったものだった。

「いつもトイレじゃないよ」

そう言って、わたしの腕をつかんだ。そして、あろうことかふにふにと気持ちよさそうに触ってきた。

どこか寂しそうな、愛らしいような相手の表情を見て、もしかしたらと思って訊いてみた。

「お話したいんですか?」

「うん。」

微笑みながらのそのひとことに、きゅんと胸がときめくのを感じた。

会話中ずっと、ふにふにと楽しそうにわたしの腕をさする。

(おじさんだったら許さないけど…、かわいい。)つられて私も微笑む。

病棟で駆け回る中での、一瞬の安らぎの時間だった。


仕事に慣れてくると、「AだからBになるだろう」という予測をつけてしまうことがある。

サイエンスの面ではそれが適応されやすい。

だけど、現場での生きた患者さんに対する看護には、正しい模範解答はない。


それを忘れてはいけない、と気づかせてもらった瞬間だった。

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