【カサンドラ】 11.2019-回想-2

マンションのエレベーターに乗るのにも、いちいち周囲を確認しなくては落ち着かない。
たかが4階から1階までの距離を永遠にも感じながら、
僕はマンションの外に出た。

近くで見ると、耳が隠れる長さの黒髪に混じる白髪が落ち着いた貫禄を持たせていて
さすが経営者、かっこいいなと少し羨ましく思った。
大地は目尻に皺を作り「おーーー!」と右手を上げると、幅の広い二重を残したまま無邪気な笑顔を作ってみせた。

先程ワンボックスの後ろに停まっていた黒い軽自動車は、大地のものだった。
とりあえず移動しようというので、大地の運転する車に乗り込み
自宅から5分ほどの大きな本屋の前にあるコーヒーショップに入った。

2人で珈琲なんか飲むのは初めてで、
初デートかのようにそわそわとしてしまうのが恥ずかしい。
「席取っといて」と僕を座らせてからレジに向かい、しばらくして大地がカフェラテを2つ持って戻ってきた。

「いつ振りだろうね?」
「お前が新宿に店出した時だから、・・・6年ぐらい前だよ。」
「あー、そうだ!懐かしいな。もう新宿の店はないよ。
今二子玉に移転した。移転して4年半ぐらいかな?新宿区ってだけで土地馬鹿高いよ。」
「えー二子玉だって高いでしょ。でもすごいな。経営うまくいってんだ?」「うん。俺接客上手いから」
顔のパーツがいちいち大きい大地は、表情を少し変えるだけでリアクションが大きく見えて得だと思ったのが懐かしい。
この時代に前もって電話やメールをしないで、いきなり自宅に突撃してくる大胆な性格も変わっていない。
「でさぁ、ちょうどこっちに移転してまだ何週間て時に、来たんだよ店に」
「渡辺が?」
「うん。女2人で。」

大地の話では、深夜1時を回った頃に終電を逃したと言ってフラッと入ってきたという。
そのうちの1人が、小学校の同級生とわかったのは渡辺が通うようになって4度目くらいの時で
他の常連客と鎌倉の話をしていて気付いたそうだ。
長い髪を派手な緑色に染めていて、いつも同年代とは思えない若い格好をしていたので
ワイドショーが映した渡辺の写真を見て大地は驚いたらしい。
「あんなにさぁ、変わるかなと思って。ほんの数年で。」

渡辺はその4度目の来店を最後に店に来なくなり
LINEをしてみると、”人に会えない病気になった”と返信がきて
やがてLINEのアカウント自体を消したようだったと言っていた。

独身で男性の影も見えず、2度目以降は毎回一人だった優希を見ていて
人を殺すような女とは思わなかったけれど
でも、ものすごく意外で驚いたということもなかった。と大地は言う。
学生時代しか知らない僕とは、多少印象が違うようだ。
同級生で、店の客。
自分の責任ではないのはわかっているけれど、なんとなく気になって。と
同じく独身の大地が寂しそうにカフェラテを啜った。

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