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身体を通して生態系を学ぶ@大山 part1
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坂上萌(Moe Sakaue)です。リジェネラティブデザインについて勉強しています。鳥取大山で、里海の生態系の循環を調べながら、人が身体を通して世界に気づきなおし、自然を学ぶ体験やツアー作りをしています。そしてこの地で「mimori*」というプロジェクトを立ち上げました。山川海全てを「森」「流域」として捉え守ってきた人を「水守」、みもりと呼ぶことがあったそうです。先人の仕事や知性の痕跡を辿りながら、人と人、人と自然が共に生き、繁栄するために、これからの時代に「土とは何か?森とは何か?」を考えています。
体を通して自然界の物理現象を学ぶことの大切さを知ったあいだのラボ「有明海・諫早湾フィールドワーク」から2年。
再びあいだのラボで参加した「鳥取大山フィールドワーク」で身体知性の重要性に気づきました。その時のフィールドワークについて執筆しています。
桐村里紗さんとの出会い
「気候変動」「環境問題」「自然再生」と続くと人の存在は悪なのか?という考えに辿り着いてしまう。
世界人口が70億人を超え、土壌を枯渇させながら食糧を生産しているなか、どのように人を養うのか?自然破壊を止めるには、人口を抑制しなくてはいけないのか?人が生きてるだけで心身、社会、地球環境が崩壊しうるこの時代に、「そうではないと人も地球の一部なんだ!」「地球の健康をみる!」とプラネタリーヘルスを提唱する桐村里紗さんに出会いました。
土地の歴史文化、気候風土を踏まえながら、自然の原理原則への洞察に基づき、科学技術を人の豊かさだけではなく人を含む地球全体の繁栄のために使い、日々の営みとあらゆる経済活動、社会活動を通して、プラネタリーヘルスを実現する。
縄文時代から文明が続く日本において、かつての人は目には見えない世界を含めた自然の原理原則に対する洞察を持ちながら、当時の高い科学技術を融合させて、人の文明が自然を守り再生しながら発展する視座があったと言います。それを知るには「鳥取大山流域」がわかりやすい場所で、身体を通して学ぶ必要がある!と言われ、「自分の心身で確かめるしかない!」とフィールドワーク参加を決めました。
鳥取県西部には、古来からの霊山であった大山(だいせん)があり、今でも「大山さん」としてこの地に暮らす人々の精神的支柱となっています。 中国山地を源流とし、鳥取県西部を流れる日野川、島根県東部を流れる斐伊川という一級河川が日本海に注いでおり、この2つの’火‘の川流域が、古事記の舞台になっています。 流域とは、水の流れにとどまらず、水循環を通して生態系や人々の営み、文化、歴史が重なり合う生命圏です。
素戔嗚は何を観ていたのか?
フィールドワークで語られたのは、たたら製鉄により栄えた古代出雲國。
かつて2つの’火‘の川流域では、たたら製鉄が行われていました。それも日清日露戦争の時まで。「1タタラ=鋼2トン=薪100トン」それほど、膨大な木を切り、山を削っていたと言います。どれくらいかというと、かつて島であった島根半島までの海が弓ヶ浜、稲佐の浜となるほど、砂が流れ埋まったほど。
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それでも山々は禿山になっていない。それは、かつての人々が森林の再生力を早める視座を持っていたのではないか?八岐大蛇を退治した素戔嗚の話は、素戔嗚が高度な製鉄技術と共に植林や治水の技術に暴れ川(八岐大蛇)を治めたと人類学解釈されています。杉だらけの森が不健康な生態系を引き起こすように、かつての人々がしてきたことはただ木を植えるだけではない。そうして、残された痕跡を辿りながら、失われた身体知性を獲得するプログラムが始まりました。
神社の参道から見えること
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鳥取・大山フィールドワークで最初に、訪れたのは大神山神社。
雨がしみしみと降るなか、「石畳の参道」を注意深く観察しながら歩いてみると、まず目に入るのは大木。よく見ると根が大岩を抱えています。
木は土に根を張るよりも、大きな岩を抱えていた方が安定してミネラルを確保できる。さらに、その岩を伝って地面に水が染みこみ、土中の菌が沢山仕事をしてくれて、ふかふかの土壌が作られるらしい。
この構造を、神社の参道の入り口に置くデザインをあえてしていたとしたら…?
「磐座信仰、しめ縄、神社」とは、一体「何」を伝えるためにデザインされているのか?
日本中にある神社と参道。それは同じ道を歩くことから学べる。歩くたびに、洞察が深まっていく。非言語コミュニケーションで伝えられているデザインに感銘を受けました。
(続く)