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浜辺のふたり


 これは、私が経験した今でもはっきり覚えている不思議な体験です。

 今からもう、十年近く前のことです。私は海に行くのが好きで、よく父にねだって、連れて行ってもらっていました。

 ゴールデンウィークの初日、私は父と海へ出かけました。そこはK浜と言って、何度も海水浴で行ったことのある場所でしたが、私は海へ出かけられるのが嬉しくて、大はしゃぎでした。いつものように、父の車にゆられ、途中で休憩がてらスーパーによってお弁当を買い、目的のK浜へ向かいました。

 K浜に着いたのは午後2時頃でした。砂浜にレジャーシートを敷いて、父と二人で買ってきたお弁当を広げ、遅めのお昼を食べました。まだ5月と言うこともあり、私たちの他に誰もいませんでした。

 お弁当を食べ、片付け終わると、父はお弁当の空容器をレジ袋につめ、ゴミ捨て場を探しに駐車場の方へ行きました。私は1人、浜辺に残って、波打ち際の近くで貝殻を拾っていました。

 しばらくして、私はしゃがんでいる体勢がつらくなったので、立ち上がりました。その時、波打ち際に沿ってこちらへ歩いてくる2人組がいることに気が付きました。その時は、ただ『自分が思うのも変だが珍しい人がいるものだ』と思うだけで、それ以上のことは気にしていませんでした。

 私は再びしゃがんで貝殻を拾いました。そしてまた、体をのばそうと立ち上がり、左手側、先ほどの2人組が見えた方を見ました。

 2人はだいぶ私に近い位置にいました。海側を歩いているのは男性で、半袖の白いシャツにベージュのスラックスのようなズボンをはいていました。その横、砂浜側を歩いているのは女性で、髪は黒のロングストレートヘアで、真っ白なノースリーブのワンピースを着ていました。見た目の年齢は2人とも二十代半ばくらいでした。

 2人は互いに見つめ合い、幸せそうな笑顔を浮かべていました。

 2人の進行方向のど真ん中に私がいる状況だったので、しばらくすれば、2人は私に気付くだろうと思い、私は場所を変えずに貝殻を拾っていました。しかし、何度確認で左を見ても、2人は見つめ合ったままで、目の前に一切目を向けません。私の方も変な意地がでてきて、同じ場所で貝を拾い続けました。

 2人はどんどん私に近づいてきました。2人は前へ進んでいるのに、相変わらず前ではなく互いの顔を見ています。会話もなく、微笑み合っているだけです。気が付けば、あと十数歩歩けば私にぶつかってしまうくらいの距離まで2人は来ていました。2人は見つめ合ったままで、笑顔のままでした。私は、波打ち際から、砂浜の方へ移動し、2人に譲りました。

 2人は私が移動しても、私の方を見ることはありませんでした。見つめ合ったまま、笑顔のまま、黙ったまま、前を見ることはなく、通り過ぎていきました。

 2人が通り過ぎてから、私は元の場所に戻りました。


 貝殻を拾おうと視線を落とした時、気が付きました。

 波打ち際近くの、湿った砂の上には、

 私の足跡だけで

 2人の歩いた跡はありませんでした。

 私は、2人の進んで行った先を見ました。

 遮るものの何もない浜辺には、2人の姿はありませんでした。


 私が呆然と立ち尽くしていると、2人が歩いて行った方向から、父が戻ってくるのが見えました。

「いや~、ゴミ箱探してたらかなり遠くまで行ったよ」
「ねえお父さん、誰かみなかった」
「いいや、見なかったよ」

 私は黙ってしまいました。なんだか気味が悪くて怖くなったので、適当な理由を付けて、父に帰宅を催促しました。

 幸せそうなあの2人がどこへ行ったのか、何者だったのか、今でもよくわかりません。

 ただ、『海』と聞くと、浜辺のふたりのことを思い出します。

 


 


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