見出し画像

サントリーホール サマーフェスティバル 2024(5) テーマ作曲家 フィリップ・マヌリ  サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ No. 46 (監修:細川俊夫) 室内楽ポートレート

フィリップ・マヌリ(1952~ ):

◯弦楽四重奏曲第4番「フラグメンティ」(2015)
弦楽四重奏:タレイア・クァルテット

◯『六重奏の仮説』6楽器のための(2011)
フルート:今井貴子
クラリネット:田中香織
マリンバ:西久保友広Marimba
ピアノ:永野英樹
ヴァイオリン:松岡麻衣子
チェロ:山澤 慧

◯『イッルド・エティアム』ソプラノとリアルタイム・エレクトロニクスのための(2012)
ソプラノ:溝淵加奈枝
エレクトロニクス:今井慎太郎
サウンド・ミキシング:フィリップ・マヌリ

◯『ウェルプリペアド・ピアノ(第3ソナタ...)』ピアノとライブ・エレクトロニクスのための(2020)
ピアノ:永野英樹
エレクトロニクス:今井慎太郎
サウンド・ミキシング:フィリップ・マヌリ

後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ

弦楽四重奏曲…ごく短い11の断章からなる。1は急速、2は夢幻的というように、各断章は性格が対照的である。強烈なピツィカートのみによる5(だったか)はいかにもバルトーク風。8は中でもかなり長く、抒情的。第1ヴァイオリンとヴィオラにあらわれる長いポルタメントに、ヴァレーズのサイレンを思い出す。本作の眼目は、プログラム・ノート(藤田茂氏)にある通り、あくまで「脱ウィーン化」か。全体として"ポスト・ウィーン"のさまざまな蓄積をコンパクトにまとめた感がある。が、弦楽四重奏という演奏形態自体の変革をめざすものではない。
タレイア・クァルテットが、互いの連携が実に緻密かつ自然にとれた、真摯な演奏を展開した。

六重奏…2対4、3対3など、組み合わせを頻繁に変えつつ進行する。ピアノと打楽器が組む場面が多いか。編成は「月に憑かれたピエロ」に類似する(シュプレッヒ・シュティンメ→打楽器)。半ばくらいのトゥッティによる細かい音符の連続は、ライヒ作品のパルスを思わせる。練達の奏者たちにより、終始よく息のあった、小気味良い演奏が展開された。全曲を通じて非常によく出来たエチュードという印象を抱いたけれど、それは名手揃いだからか。……そういう目でみると、一つ前の弦楽四重奏曲もエチュードにみえなくもなかった。

「イッルド・エティアム」…終始劇的な表現。オペラ作家の面目躍如と感じた。荘厳な鐘の音は教会の象徴、対照的に妖しい響きは捕えられた女が火刑に付される場面。溝淵氏が異端審問官と魔女の二役を鮮やかに演じ分けた。異端審問という、わたくしたちにとっては教科書の中の出来事が、かのカトリックの国において今もなお強烈なインパクトを保つことを示すか。

ウェル・プリペアド・ピアノ…会場に設えられたスピーカーからは、演奏が始まる前から、プリレコードされた低い電子音が流れている(「浜辺のアインシュタイン」風?……まさか)。客席の照明が落とされるとピアニストが登場して演奏に入る。プリレコードされた素材のほか、ピアノの演奏に反応して生成される電子音や、ピアノの音を即時変調する箇所もある。題名は「平均律ピアノ曲集」(Well Tempered Piano)のもじりであり、リチャード・バンガーによるプリパレイション指南書のタイトルでもある。プログラム・ノートに、本作のタイトルは「ケージをアイロニカルに仄めかしている」とある。さらに作曲者はこう語る。「私の曲におけるピアノは、もはやボルトやナットではなく、電子的手段によって『プリペアド』される」「もはやスカルラッティではなく、ベートーヴェンをモデルにソナタ部分が構造化される」
ケージは「ソナタとインタリュード」において、西洋音楽の古典的な形式をいわば「殻」として利用しつつ、全く新しい構築物を形成しようと試みた。翻って本作は、エレクトロニクスを援用しつつも、特に後半で顕著だったけれど、名前の挙がっているベートーヴェンのエコーのような楽想(無論無調ではあるけれど)が次々にあらわれる。敢えて古典的なソナタという形式のうちに籠城するかのようにさえみえる。さまざまな点でケージへの逆張りなのだけれど、これでは逆張りのための逆張りと成り果ててはいまいか。
ケージが「ソナタとインターリュード」のために設定したパラメータの値をひっくり返したところで、アナクロニズムに接近することこそあれ、新たな視界が得られる見込みは薄いのではないか。
カッコ書きで「第3ピアノソナタ…」とあることから、作家の趣旨のうち少なくとも一つは「ソナタ」なる形式を検証しようとするところにあると推察される。とすると、立ち戻るべきはケージではなく、例えばベートーヴェンの32曲のソナタそのものだったのではないか。ベルンハルト・ラング「MonadologieXXXh "Hammer" 」(2014~15)、あるいはマウリシオ・カーゲル「ルートヴィヒ・ヴァン」(1969/1970)のようなスタンスで楽聖の遺産を腑分けするほうが、趣旨に近かったのではないか、などと考えた。
永野氏の表情豊かな演奏に感服。

登場した演奏家の皆さんの演奏はいずれも高水準。作品の意図を十分に汲んだ力演だった。(2024年8月27日 サントリーホール・ブルーローズ)

いいなと思ったら応援しよう!