山本裕之作品個展「境界概念」
【プログラム】
・讃歌 Anthem (2022/23・映像版初演) for alto saxophone and soundtrack
出演・演奏:加藤和也
撮影:橋本健佑(広島市立大学芸術学部)
編集:山本裕之
撮影場所:基町アパート(広島市)
・太平洋 L’Oceano Pacifico(2015/24・編曲版初演) version for bass clarinet & viola
・葉理 Lamina(2018) for guitar
・水平線を拡大する Expanding the Horizon(2024・初演)for flute, viola & harp
・ダンシング・オン・ザ・スレッショルド Dancing on the Threshold(2024)for cello
・境界 Boundary (2021) for bass clarinet & alto saxophone
・シュリーレン聴取法 Schlieren Listening(2024・初演)for flute, clarinet, bassoon, guitar, harp, violin & cello
【演奏者】
丁仁愛 flute
岩瀬龍太 clarinet
中川日出鷹 bassoon
小澤瑠衣 saxophone
高野麗音 harp
山田岳 guitar
迫田圭 violin&viola
北嶋愛季 cello
主催:北回帰線
制作協力:TRANSIENT
後援:特定非営利活動法人日本現代音楽協会
助成:公益財団法人日東学術振興財団
協力:石塚潤一、有馬純寿
山本氏の作品のみによる個展は約四半世紀ぶりとのこと。非常に興味深く聴けた。ここのところ微分音を用いた作品に触れることがたまたま多く、「呼ばれた」ような感じがした。
讃歌…ソロ、サウンドトラック、重音、四分音、さまざまな国歌のふし、と音楽だけでもかなりたくさんの要素を含んでいる。その上、戦後の復興木造住宅の建て替えのために建設された、広島・基町アパートの魅力的な映像も加わる。受け止めて処理するのに苦労した。できたらライブ版も聴いてみたい。
太平洋…リズミカルな部分と、長い音を呼びかわすように奏する対照的な部分が交互にあらわれる。リズムや拍節はかなり複雑とおぼしいけれど、2人の奏者は楽しみつつ演奏しているようにさえ見えた。曲自体にそうした推進力があるのだろう。丁々発止のやりとりが楽しい。
葉理…優れた奏者を得たことで、作品の魅力が十分に引き出される結果となった。四分音が単なる趣向にとどまらない。たまたま手に取ったらそういう調弦だったという雰囲気。難度の高そうな作品をさらりとこなしていて見事だった。
水平線を拡大する…限られた素材の一種の変奏と思われるのだけれど、単なるバリエーションよりも微妙に複雑な構成と思われる。作曲者ウェブサイトの解説によると「ほぼ一本の線を切り刻んで各楽器、各音域に配分して」いるという( https://yamamoto.japanesecomposers.info/archives/1422)。作曲者が「モノディ」と呼ぶコンセプトによる作品とのことである。四分音の頻用によって、もはや平均律とは別個の音律による作品とも聴こえる。
ダンシング・オン・ザ・スレッショルド …ごく短いながらよくまとまった佳品。四分音が不思議な舞曲を演出する。北嶋氏がエッジの効いた演奏を披露。
境界…楽器の取り合わせがおもしろいけれど、シングル・リード楽器2本という編成は、互いの音の親和性が申し分なく、非常に効果的だと感じた。2本の楽器の、深く聴き合う静かな対話は時として瞑想的で、極めて息の長い旋律を撚り合わせていくようにも聴こえる。微分音の衝突によって生じる歪み、唸りが、都度異なった形を空間の中で結ぶさまがおもしろかった。
シュリーレン聴取法…こちらも作曲者のいう「モノディ」による作品とおぼしい。シンプルなふしが少しずつ形を変えつつ幾度もあらわれる。興味深かったのは、トゥッティによる和音が響く瞬間だった。四分音を含む、今までに耳にしたことのない複雑な和音が広やかに展開した。思いのほか明るい表情の響きで、しばらく浸っていたいとさえ感じた。平均律とは異なる音律へと向かうベクトルが、前半の「水平線を拡大する」よりもさらに明確に感じられた。
どの作品も「モノディ」などをはじめ、しっかりとした骨格を備えている。そして四分音は、その骨組みを単に装飾するためではなく、豊かに肉付けしていくために実に有機的に用いられていると感じた。結果として、「非ー平均律」、さらには「反ー平均律」といった立場につながる音律の問題も見えてきているように思う。微分音を扱うにあたっては、奏者が高い精度を持って互いの音を虚心に聴き合う姿勢が求められる。今回の出演者はそうした困難な要求に十分に応えられる演奏家たちだと思う。沃野に乗り出す準備は既にできているのではないか。今後の創作に注目したい。
演奏困難な作品群に真摯な姿勢で取り組んだ奏者たちに大拍手。先鋭的な微分音に溢れた舞台だったけれど、とても温かい雰囲気のうちに幕を閉じた。一つには、作家の持ち味とおぼしい、作品の「陽」の性格によるものと思われるが、それ以上に、作曲家と演奏者たちの深い信頼関係によるものだろう。(2024年11月6日 杉並公会堂・小ホール)
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