[サントリーホール サマーフェスティバル2022]ザ•プロデューサー•シリーズ クラングフォルム•ウィーンがひらく 室内楽プログラム「ウィーンの現代音楽逍遥」(第1夜)—クラングフォルムのFamily Tree—
•ゲオルク・フリードリヒ・ハース(1953~ ):『光のなかへ』ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための(2007)
•サルヴァトーレ・シャリーノ(1947~ ):『夜の果て』(2010)
•レベッカ・サンダース(1967~ ):『行きつ戻りつ』ヴァイオリンとオーボエのための(2010)
•オルガ・ノイヴィルト(1968~ ):『夜と氷のなかで』ファゴットとアコーディオンのための(2006/07)
•エンノ・ポッペ(1969~ ):『汗』ソロ・チェロ、バス・フルート、バス・クラリネット、ヴァイオリン、ヴィオラのための(2010)
•フリードリヒ・チェルハ(1926~ ):『4つのパラフレーズ』オーボエ、チェロ、ピアノのための(2011)
•ジョルジュ・アペルギス(1945~ ):『夜のない日』ソロ・コントラフォルテのための(2020)日本初演
•ベルンハルト・ラング(1957~ ):『シュリフト 3』ソロ・アコーディオンのための(1997)日本初演
•べアート・フラー(1954~ ):ピアノ四重奏曲(2020)日本初演
クラングフォルム・ウィーン メンバー
ハース作品…何かが始まりそうなところで呆気なく終わってしまう。光は見えたのか見えなかったのか。
シャリーノ作品…予定されていた作品から変更。全編弱音のハーモニクス、複数の弦を激しく往還しつつ、この作家らしい、魔法のような音がふわふわと紡がれる。
サンダース作品…両者とも高度な技巧を要する曲と覚しいが、平然とこなしていて感心する。
ノイヴィルト作品…アコーディオンは親しみやすい音色というイメージがあるけれど、ここではしばしば電子音のような不思議な響きを生み出している。ヨーロッパではこの楽器にきちんとしたステータスが与えられているということを認識させられる。ファゴットはビズビリャンドや重音が多用される。二重奏にも関わらず、多彩な響きが聴こえるのは楽しい。だが、さほど新しい発見はない。
ポッペ作品…前半では最も興味深い。チェロ(ベネディクト•ライトナー氏)は終始最低弦を指一本で奏でる。しかも音の移行は全てグリッサンドゆえ、不定形の異形のものの、果てしない道行のようである。バス•クラリネット、バス•フルートが従者として静かに加わる。奇妙な題名とは裏腹に水墨画のような趣きがある。
チェルハ作品…4人の古典的な作曲家の作品によるパラフレーズということで、ショパンのスケルツォ、ドヴォルザークのユーモレスク、ヨハン•シュトラウスの常動曲といった音楽が登場し、変形、解体されていく。毒を含んだユーモアが感じられる。こういう、長い伝統と対峙する姿勢というのは、その中で生まれ育った者でないと本質的には掴めないのだろうなと感じる。
アペルギス作品…コントラフォルテはコントラファゴットの改良版とのことで、昨夜の大ホール公演で初めて目にした。本作は微分音、重音が頻出し、ごつごつとした響きが展開する。ローレライ•ダウリング氏は事も無さげに吹きこなしていて感心する。ただ、曲自体は新たな楽器の奏法や音色のカタログといった趣で、本格的に聴かせる領域にはまだ至っていない印象。
ラング作品…全編に渡り凄まじい高速でピコピコと高音が駆け抜け、一昔前のゲーム音楽のようだった。他の声部も独立して進行する複雑な音楽で、アコーディオンは小さなオルガンだと実感する。クラシミール•ステーレフ氏の妙技に拍手。
フラー作品…「ピアノ四重奏曲」というタイトルが強烈な皮肉で、伝統的な四重奏を期待すると裏切られる。ピアノのフローリアン•ミュラー氏の切れのある演奏が光ったが、ピアノはかなりの頻度で内部奏法が登場するので、ピアニストは立っている時間と腰を下ろしている時間が同じくらいなのではないか。弦3本は叫びのような急速な断片を撒き散らして進む。
奔流のような本作を聴いているうち、だいぶ前に聴いたアルバン•ベルク弦楽四重奏団の来日公演を思い出した。シューベルトを弾いたのだけれど、民族音楽かと錯覚するほどの激しい弾きぶりに驚いたのだ。オーストリアの音楽への向き合い方(フラーはスイスの人だが、音楽の専門教育はウィーンで受けている由)は、同じドイツ語圏でもドイツとはかなり違うのではないかと思う。非常に緻密なのだけれど、どこか情が勝るように感じる。おそらくそこが、このアンサンブルの特色の一端を成しているのだろう。
どの作品でも、各奏者の技量が遺憾なく発揮されていた。これだけの高性能なアンサンブルが現代作品に特化した演奏集団として自立している。加えてメンバーには後進の指導者という役割が提供されている。昨年のアンサンブル•アンテルコンタンポランにも同じことを思ったけれど、日本の現状と引き比べるにつけ、非常に羨ましく感じてしまう。(8/23 サントリーホール•ブルーローズ(小ホール))