かつおゲストハウスにて
長い夏は突然終わりを告げ、呼んでもいないのに冬将軍がやってきた。外に出るのも億劫になって、冬の訪れを実感する。秋はいったいどこへ行った?
高知はかつおゲストハウスでのヘルプ期間が終了した。何年も味わってこなかった、「やりきった!」という実感を得ることができた2週間だった。
スタッフ生活 前夜
上司と話をするのが怖くなった。
パソコンのキーボードが打てなくなった。
メールの返信のテンポが悪くなった。
自分に限界が来ていた。
上司に話して、しばらくの間会社を休むことにした。
診断書が必要、とのことだったので、友だちに紹介された病院に向かった。
ひとしきり先生と話し、診断書をもらう。
そこに書いてある文字を見た瞬間、現状を突きつけられた気がした。そしてここから、この現状を受け入れようと思う自分と、まだまだ受け入れられない自分のせめぎ合いが始まる。
ここにいては何も起こらないと考え、今までやりたかったゲストハウスのヘルプをしようと決めた。
場所はゴールデンウィークに宿泊したあのゲストハウスにしよう。その結論が出るまで時間はかからなかった。オーナーのまきさんに連絡し、航空券を取り、高知行きが決まった。
スタッフ生活 初日
高知駅から10分少し、繁華街とは逆方向に歩くと、外観の白さとかつおのステンドグラスが印象的な建物が見えてきた。今回の舞台、かつおゲストハウスだ。
建物に近づくとスマホのWifiがつながった。この場所はゴールデンウィークに来たことがあり、スマホはちゃんとそれを覚えていたようだ。
その時にまきさんと「いつかゲストハウスのヘルプができたらいいな」という会話をしていた。こんなに早く実現するなんて。
とはいえ、久々の訪問、しかもゲストではないので、緊張しながらおそるおそるゲストハウスのドアを開ける。すると外国のファミリーがリビングで過ごしていた。オーナーさんはまだ来ていない。ここでしゃべれないときた意味がないぞ、と自分に言い聞かせ、少し言葉を交わす。
しばらくするとまきさんがやってきた。オーナーさんがやってきて、「久しぶりですね!」「覚えていますか?」「覚えてるよ!幹事大変だったでしょう?」「意外とそうでもなかったですよ!」などと言葉を交わす。
出してもらったお菓子越しに話をするも、今後のことを考えるとやはり緊張する。建物の中を案内してもらい、少しのんびりしていたら暗くなったので、教えてもらった居酒屋に向かう。
土佐巻き(かつおの巻き寿司)を食べ、お店のテレビでローカルニュースを見ていると、これから高知で暮らすことの実感が湧いてきた。
心に残ったひとこと集
「ミスしても挽回できるから、大丈夫。」
いよいよフロントに立つ日がやってきた。今日から本格的に仕事が始まる。前日にまきさんと手順を確認したものの、ミスしちゃいけないという意識から緊張が止まらない。To doリストを忘れかけそうになり、パニック寸前になる。
そんな中、ついにゲストがやってきた。ドキドキしながら館内の説明を済ませて気づいた。いくつか説明を飛ばしてしまったことに。
気持ちを落ち着かせる暇もなく、次のゲストさんがやってきた。こちらはなんとかして説明をこなすことができた。
ひととおり済ませたのち、まきさんに「すみません、きちんと説明できませんでした。」と謝る。
するとまきさんは「飛ばしちゃったね~。でもまだゲストと話す機会はまだあるから、その時に説明すればいいよ。ミスしても挽回できるから大丈夫。」と声をかけてくれた。
ハッとした。
そうか、ミスは挽回できるのか。
仕事では「プロなんだからミスしないようにしないとダメだよ」と言われてきた。でも、うまくやれることはなく、ミスするたびに自分を責めていた。ミスしないようにしないようにと言い聞かせていたら、いつの間にか全てのミスが命取りのように見えてきていたのだ。
ミスすることは確かに怖い。でもそのあとどのように行動するか。その行動の大切さ、そしてもっと肩の力を抜くことを教えてくれた出来事だった。
「ほどほどでいいんだよ。」
スタッフ業務に慣れ始めたある日、ゲストハウスの外の窓を拭く仕事を任せられた。ゲストハウスはフロントのある本館のほかに、別館と呼ばれる建物がある。仕事である以上、しっかりやらなきゃ!と思った自分はそこそこの時間をかけて丁寧に窓を拭き上げた。でも、手が届かなかったところもあって、自分の中では「きちんと仕事をした」という意識があまりなかった。
翌日、まきさんから「窓ガラス、すごい丁寧に拭いてくれたね。100点満点だよ。」と声をかけられた。
正直びっくりした。思わず、「手が届かなくて拭けていないところもあるんだけど…」と言ってしまった。そうすると「ほどほどでいいんだよ。」という言葉が返ってきた。
まきさんとこうじさん(オーナー夫妻)は仕事のたび、よく「やり過ぎなくていいよ。ほどほどで大丈夫。」という声をかけてくれた。手を抜いていないかな、と心配になっていた自分にとって、仕事は完璧にやることも大事だけれど、相手と期待値を合わせられればOKということを学んだ(というよりは、ゲストハウスは時間との勝負なので、てきぱきとこなすことのほうが重要なのだが)。
その魔法の言葉で自分は救われ、ゆとりができた。そこからゲストとの会話も楽しめるようになった、と思う。
「成功するか失敗するかじゃなくて、何かをやったらすべて成功なんじゃないかな。」
スタッフとしての作業をこなすことも大切だが、ゲストとの会話を楽しむことも大切な業務の一つだ。「悩める30歳」は業務の合間にゲストたちと会話し、素直な気持ちで自分の気持ちを打ち明けた。
ゲストの皆さんの反応は様々だったが「今の時期はいろいろ悩むけれど、無駄になることはないよ」とか「まだまだ何でもできる年齢だよ」といった声をかけてくれた。「近くに行ったら声をかけるね」とか「またかつおで集まろう」と言ってくださった方もいて、その一言たちに救われた。
その中で、年配のバイク乗りのおじさまと話す時があった。その方はこういった。
「俺は君の悩みをちゃんと理解できないけれど、人生には成功とか失敗とかそんなのはないと思う。何かやりたいことができたらそれはすべて成功だし、やるかやらないかだけだと思うよ。」
なるほどとは思った。けれど白黒思考というものは一朝一夕に抜けるものではない。それでも、ゲストの皆さんのこれまでの話を聞いていると、やっぱり楽しそうなのだ。でなければ、1~2か月かけて日本を縦断したり、暇だから始めたお遍路がもうすぐ終わるところまで来ることはないし、たまたま出会った人たちとボードゲームをすることなんてないのだ。やれるうちにやりたいことをやる、やりたいからやる、というのは真理なのかもしれないな、と思った。
かつおゲストハウスの魅力
話題を変えて、かつおゲストハウスの魅力について少し話しておく。
やわらかい雰囲気
かつおゲストハウスを見まわして思ったのが「曲線にあふれている」ということだ。
ほかにもウッドデッキ、フロント、そしてダイニングテーブルなど、どこも曲線がちりばめられている。個性的かつ唯一無二のインテリアと相まって、どこかやわらかい印象を与えるし、その空間がゲストの心を虜にしてしまうのだろう、と思う(もちろんスタッフの自分も見事に虜になっている)。
つかず、はなれず
このゲストハウスにももちろんハウスルールは存在する。が、後は自由だ。ゲストは自分の家のようにくつろぐ。キッチンで料理するゲストもいれば、部屋で団らんにいそしむゲストもいるし、ダイニングテーブルで交流しあうゲストもいる。
ここのスタッフはつきっきりということも、突き放すということもない。ゲストの自由さが保証されており、のびのびとくつろぐことができる。そのような安定感、暖かさもこのゲストハウスの魅力だと思う。
とはいえ、やはり来てみてその良さを実感してほしい。(それを言ってはおしまいか。笑)
高知に関するエトセトラ
最後に、自分の好きな高知の場所を紹介しておきたい。
高知の朝市
高知といえば日曜日に開かれる朝市、その中でもいも天が有名だ。
もちろん食べ歩きも楽しいが、朝市の魅力はお手軽な値段で野菜や果物、干し魚を買えることだ。特にトマトは実が赤くて甘く、なすは焼いて醤油をかけるだけで絶品料理に変わる(しょうがを入れるとなお良い。ちなみにしょうがも朝市で買える)。そして今の時期の名産品である文旦も手に入れることができる。
さらに、日曜市ほど大きくはないが、毎週火曜日、木曜日、土曜日にも市場が立つ。日曜市以外の街路市はより地元の雰囲気が増すので、ぜひ行ってみてほしいと思う。
仁淀ブルー
すっかり全国区になった「仁淀ブルー」。今回は中津渓谷へ。紅葉のシーズンで三連休とあって、人でにぎわっていた。
別の日、仕事前に電車と自転車で仁淀川の沈下橋(名越屋沈下橋)へ。こちらは平日で人が少なく、景色を思う存分味わえた。これも住んでいる人の特権だろうか。
結びに
今回は晴れの日にも恵まれ、満足した滞在となった。ゲストハウスは繁華街と逆側に位置しているが、バスに乗れば中心街に出ることもできるし、近くのスーパーには食材が充実しており、近くには温泉もある。何不自由なく過ごすことができた。そして何より、まきさんとこうじさん(あとはじめくん)の人柄に何度も救われた。
次はゲストとして、その時までにナンジャモンジャと数独のスキルを磨いておきます。またかつおで会える日を楽しみにしています~!本当にありがとうございました!!