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特別支援学級の教科書

発達障害の女の子のお母さんです。

娘が特別支援学級の小学校一年生になってから、
六年生まで、続けて中学の3年間と、毎年、
教科書は配られます。
結論から言うと、支援級で教科書はほとんど使いません。
教科書を使わないことに抵抗を感じる方が多いようで、時々親同士の話題になりました。(最低限の学力や一般知識を教科書からと思うのか)
文科省と現実との開きというより、子供のレベルが様々なのでどうしても教科書は平均的なものでしょう。

定型発達で私立の小学校へ入学した兄もほとんど使っていません。学校の方針、先生の方針、子供のレベルが教科書通りではなく、逆に教科書開いての授業を(誰でもできるから)手抜きととっていました。公立、私立の違い、子供のレベルも、親の求めるものも違います。
できる子は自発的に進み、授業に不足を感じれば、塾や家庭教師を利用していました。
勉強の遅れをカバーするのか、先の受験などに向けてなのか、塾は大きく分けてこの二つのパターンのどちらかです。目的をはっきりしないとただお金が飛んでいきますね。

支援級で教科書を使わない、これは手抜きではないと言い切りたい!
娘の場合は、国語は読み書きや理解力から高学年になっても中学年の教科書を使っていました。
算数はレベルにあったプリントを定着するまで何度もしました。
理科、社会もクラスの菜園、校外学習先について、買い物学習、コミュニケーション、、教科の枠を関係なく学びました。

どこの学校、クラスにおいても、教科書があるのに使わない、これは決して手抜きではなく、学校や先生方の考えがしっかりあるからだと思います。
娘の授業参観に行くと、、
例えば算数の時間、みんなプリントをする時間にそれぞれのレベルのプリントをしています。
国語なら、全員同じプリントなのに、すべて平仮名で書かれたものや、記入枠を大きくしたものを配られる子もいます。
図工にしても、なんでも口に入れてしまう子には一度に配らないよう配慮しています。
ひとりひとりを理解していないと、準備も指導もできませんね。

学校🟰勉強、授業🟰教科書、これが正解ではないことを2人の子育てをしながら、強く感じていました。
発達障害の子は、学年や年齢で区切れません。
教科書を一斉に広げる指導より、先生方は指導に工夫がいります。
休み時間も子供たちと過ごし、それぞれの個性も特性も理解した上での個別の指導、本当に感謝です。
面談で、「先生の熱意に応えられない娘をもどかしく、申し訳ない、、」と話すと、
逆に「いや、僕の教え方が足りなくて、、」おっしゃる先生に、その姿勢も親として学ぶところです。
また、面談は2.3名の先生と親となるので、緊張よりも、担任意外の先生からも様子を聞けることがありがたく思っていました。

学校で使用しなかった教科書は本棚に。
娘は、興味のあるところだけ眺めたりします。
これはこれで、新しい発見がいつもあります。
お母さんは、卒業してから何年も経つ娘の新しい発見の報告を今も楽しんでいます。

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