細胞がこわれるとき ~ 遠い母の記憶 ~
人は亡くなるとき
どんな気持ちになるのだろう?
高齢者施設の仕事をしていると
病院に搬送されたまま戻って来られなかった方や
ちょっとしたことがきっかけで
あっと言う間に
体力が落ちて動けなくなってしまう方など
人の人生の最期を見る機会も多い
なので
こんな疑問を
よく考えるようになる
200床規模の特養で働いていた頃
不思議に思った出来事が1つ
それは
施設に入所したことを嫌い
他者との交流を好まずに居る事で
ベットに横になる時間が長くなり
ご自身でほとんど動かなくなったUさん
それより前に
感染症を発症したことがきっかけで
隔離生活を強いられたことにより
一気に体力が落ちてしまったMさん
両者が病院に搬送される少し前のあたりから
それは聞こえるようになった
最初は
「聞き間違いだろう」
「空耳かもしれない」
と思っていた
でもあまりにも多くなってきたので
他の介護職員にも
それを話してみたら
他の職員もその言葉を確かに聞いていた
UさんやMさんが
うとうと眠りに入っているであろう時間帯に
居室から聞こえてきたのは
「お母さ~ん」
その叫び声には力はなく
でも、小さい子供が
母親を求めて探しているかのごとく
何度か繰り返される
不思議に思い
そっと居室のドアやカーテンを開けて覗いてみるも
いつもと変わらず
目を閉じて眠っていらっしゃる
寝ながら母親を呼んでいるのです
もしかしたら
母親の夢を見ているのかもしれないなと
UさんもMさんも
短いながらにも
目を覚ましている時間帯はある
ところが
起きていたとしても
しっかり意思疎通ができないほど衰弱していて
彼女たちがどこを見ているのかすら
わからないことが多くなっていた
たとえ話しかけても
こちらの問いかけにはほとんど応えてくれず
たまに向こうから
不意打ちのごとく話しかけてくれるのですが
寒い、眩しいなど
その時々のご自身の訴えが多く
会話にまで至らず
なので
寝ている時に発している
その言葉の意味を
問うこともできず
ご家族がいらっしゃったときだけは
かろうじてご家族とひとことふたこと
お話をされるくらい
そうこうしているうちに
病院に搬送されることとなり帰らぬ人に
世の中には母と子しかいない
そう教えてくれたのは
知り合いの助産師さん
人は
母親の細胞からつくられた卵子から成長し
この世に生まれ出ます
そして亡くなる前になると
母親から引き継いだ核となる細胞が
壊れていくとも聞きます
核となる細胞が壊れるとき
それらの細胞の持つ「母親の記憶」が
よみがえっているのかも?しれません
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