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消えゆく声の中に〜最後の食介の記憶〜

「ご飯は食べたの?」

サイドテーブルに
夕ご飯のお膳を置いて
茶碗に半分ほどのお粥の上に
ごはんですよをひともり乗せたばかり

ギャッチアップしたベットの上で
それをを眺めていたKさんは御年95歳
つい先日まで
小ちゃなカラダで車椅子を自走
トイレも自立していた

それなのに
施設内でのコロナ騒ぎの後に
咳をしはじめ、熱発
2週間ほど入院されたと思ったら
褥瘡(じょくそう)付きのほぼ寝た切り状態で
戻ってこられました

自分の足で立ち上がる力がないと知ると
居室内の手すりは外され
毎日乗っていた車椅子も
トイレ横に置かれたままに

食欲もなくなり
自力では召しあがらず

職員が食事を居室にお持ちしても
「要らない、要らない、そのまま持ってって!」
か細い声で拒否される日が続く

それでも
味付け海苔を開けてさしあげたり
ごはんですよをお粥にかけてさしあげると
ほんの数口ではありますけれど
残っている力でもぐもぐ
かみ砕いて飲み込まれます
お吸い物も数口ほど

食べる量が減ってきて
いよいよ1日1食
数口食べるかどうかというときでした

Kさんの口から出たのは
「ご飯は食べたの?」

私への気遣いでした(泣)

「いえ、まだですよ。
この後帰ってから食べるので大丈夫ですよ。
ありがとうございます」
そう答えると

「そこにパンがあるでしょ」…

指さす力もなくなってきたKさんは
目線を2回ほどテレビの方へ向けてみせた

うんうん
何も言わずに大きくうなずいてみせる

「ジャムは家にあるでしょ?」
「持って行って食べなさい」

思わずうるっとしそうになるのを
ぐっとこらえながら
「はい、ありがとうございます」
私は大きく👌をしてみせた

初夏のぬるい居室での対応は
マスクをすることが
しんどく感じますけれど
この時ばかりは
口元が見えないことに安堵しながら

ごはんですよが乗ったお粥をKさんの口元へ
3口ほど召しあがり
ご家族が用意してくれた
冷蔵庫の中のジュースを
「冷たくて美味しい」
といつもどおり
ストローでごくごく…

その数日後
Kさんの居室は
空となりました

看取り契約を結んでいないため
最期は病院へ

Kさんの居ないベットで
シーツと枕カバー、包布を片付け
飲みかけのまま置いてあった
いつものコーヒーカップを
お湯で洗い流す

「Kさん、ありがとう」一礼

もうすぐ昼食時間
ひたる間もなく
いつもの流れに

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