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長月スピカ
2022年7月23日 20:42
序 2恭一が、バックミラーに不審を感じたのは間も無くだった。通行車はほとんど無い。しかし1台だけ、執拗にくっついて来る大型トラックがあるのだった。車間距離をほとんど取っていない。運転を始めて、まだ3ヶ月の恭一であった。おまけに、道は急カーブの多い難所である。追突されるのではないか、との怯えが恭一を襲った。道を譲ろうにも、それらしい路肩も見当たらなかった。スピードを落とすと、バッ
2022年7月22日 22:04
序 1昭和40年。1台の乗用車が、国道168線を北上していた。和歌山県の那智勝浦を発って4時間、十津川を過ぎて、車は谷瀬にかかる所であった。国道とはいえ、168号線の路面はお世話にも良いとは言えない。舗装されている所はほとんど無い。凹凸が激しく、雨の後は水溜りが道を覆う。山間を縫う道は細く、カーブも急で運転は困難である。奈良の五条に出る168号線は、右手は落石の恐れのある山
2022年7月25日 19:09
序 3宮西浩二はジャンパーの襟を立てながら、斜面を走り下りていた。昨夜の情事で寝過ごし、遅刻しそうであった。朝の冷え込みもキツくなった。宮西の母は、きちんと宮西の朝帰りを知っていた。寝ぼけまなこの息子に、露骨なイヤミを言うのを忘れなかった。「年寄りは眠りが浅く、耳が良くなると来るわ。やりにくいと言うたら…」それでも宮西は、口元に自然と笑みを浮かべ、軽やかな足取りで勤務に向かった。
2022年7月28日 20:45
序 4青年達は緊張して働き続けた。そして、2つの死体を車から運び出した。皆の見守る中、ひとりの青年の腕の中で、奇跡的に命を取り留めた少女が、今は泣く元気もなく、ぐったりと横たわっていた。母親の体がクッションとなった事は、全員に理解された。それにしても、20メートル以上もある絶壁での転落である。青年達は物も言えず、背筋の寒くなる思いで、腕の中の少女を見つめた。あたかも、母から
2022年7月29日 20:57
序 5夜10時。京都から知人が駆け付けた。夕刊で読み、取る物もとりあえず飛んできたのだった。まだ若い夫妻であった。取りあえず、少女を見舞った。妻は少女の名を繰り返し呼んでは泣いた。何度も少女の髪を撫でた。夫は、目をつぶって壁際に凝然と立っていた。そして案内を請うと、両親の、ふたりにとっては帰らぬ友人に面会すべく出発して行った。ふたりとも、今夜はこの村で過ごすつもりでいた。