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北村早樹子のたのしい喫茶店 第7回「高円寺 アール座読書館」

文◎北村早樹子

 わたしは高円寺が嫌いだ。
 こんなことを言うと敵をたくさん作ってしまいそうだが言わせていただく。売れないバンドマンや芸人や役者なんかがうようよいて(だいたいがもう中年になっていたりする)、焼き鳥屋の大将あたりで一生叶わないような夢を暑苦しく語っている光景なんか悍ましいし、駅前のロータリーのところでコロナ禍にも拘わらずたむろして路上飲みしている仕事してなさそうな若者たちを見ると虫酸が走る。
 汚い長髪を垂らして麻のだぼっとした布切れみたいな服を身にまとい、ガンジャをキメて虚ろな多幸感に包まれながらふわふわ歩いているカップルなんかを見ると、頼むから近寄らないでくれと思う。
 こんなに嫌いなのに、わたしは何故か、高円寺に住んでいそう、と言われる。屈辱である。高円寺だけには住むまいと思って、これまで引っ越しの度に部屋を決めてきた。どんなにいい間取りでどんなに安くとも、高円寺だけには住みたくない。
 しかしこんなに嫌いなのに、わたしは高円寺に来てしまう。何故か。それはここ、アール座読書館があるからだ。

目印はこの看板

 喫茶店で何をするか。もちろんコーヒーを飲んだり、食事を味わったりするのも目的のひとつだが、わたしは主に本を読みたいときに喫茶店に入る。
 そんな、読書に特化した喫茶店がここ、アール座読書館。ここは名前にも入っている通り、読書をする人のための喫茶店。扉を開けると、まずはそのしっとりとした静寂に、はっとすることだろう。ここアール座読書館は、完全おしゃべり禁止の喫茶店。BGMも、すごーくちいさな音で控えめに流れているので、店内はとっても静かなのだ。

静寂に包まれた店内

 お席は全部、ひとつひとつが独立したボックス席になっていて、ソファー席もあれば、デスクタイプの席もあったり、お魚が泳ぐ大きな水槽が目の前にある席、ぬいぐるみがある席、今日はどの席に座ろうかと迷ってしまうのも楽しみのひとつ。
 席に座ると、店員さんがお冷やを持ってきてくれる。このお冷やも、店員さんがひとりひとりお客さんを見てから、常温にするか、白湯にするか、氷入りの冷たいのにするか決めておられるらしい。いつもとっても素敵な(そして毎度違う色柄の)切子のグラスに入って出てくる。そう、お冷やから既にアール座劇場がはじまっているのだ。
 手作りの読み物つきのメニュー(何故か宇宙の星々の解説などが書いてあるページ有)をじっくり読みながら、注文が決まったら、店員さんにひそひそ声で伝える。すると店員さんもとびっきりのウィスパーボイスで答えてくれる。そう、アール座では大きな声はご法度。もちろん電話は禁止なので、どうぞお気をつけて。
 アール座のうれしいところは、コーヒーもお紅茶もポットで出してくださるところ。しかもポットも色んな色や形のものがあって、今日はどれがくるかしら、といつもわくわくする。そしてカップ&ソーサー、それからおさじ。アール座はお冷やとおなじくカップ&ソーサーも店員さんがお客さんを見て、似合おうものを選んでくださっているそうで、今日は可愛い、今日はシック、今日はゴージャス、今日は和風、と、テーブルの上のアール座劇場を食器で盛り上げてくれる。ミルク入れはうさぎさんや小鳥で来ることも。乙女心をくすぐられること間違いなしだ(わたしがもう中年であることには目を瞑って下さい)。

お冷は素敵な切子のグラスで。飲み物はポットで運ばれてくる

 素敵な食器でおいしいコーヒーやお紅茶をたっぷりいただきながら、ボックス席で本を開く。邪魔するものは何もない、安心して読書に集中出来る空間。わたしは労働が連勤続きで頑張ったら、いつも自分へのご褒美に、本を何冊も持ってアール座にやって来る。アール座は、子どもの頃、押し入れに本とお菓子を持ち込んでこっそり過ごしていた、あの感じに少し近いような、懐かしいような面映ゆいような感覚を呼び覚ましてくれる。好きなものしかない空間で、どっぷりと読書に浸る、極上のひととき。でも居心地が良すぎて、時にはうとうとしてしまうことも。(うとうとしてもいいですが、利用時間は2時間までにしましょう)

いつも違うポットで飲み物が運ばれてくるのも楽しみのひとつ

 読書の箸休めには、ちょっとテーブルを冒険してみるのも、アール座の乙な楽しみ方。テーブルごとにそれぞれ色んな仕掛けがあるのだけれど(詳しくは来てのおたのしみ)、引き出しの中に共通して入っているのが、ノートとペン。これは、これまでにこの席を利用したお客さんが、日記やアール座への想いを綴っているノートで、知らない人の知らない日常やメッセージを読んだりするのも、わたしの楽しみのひとつ。仕事先での人間関係に悩んでいるという人の日記や、好きになってはいけない相手に恋してしまっているという告白文なんかまで、みんな思い思いの、意外と身近な人に打ち明けづらいことなんかを、ノートにしたためていらっしゃる。

テーブルは遊び心あふれる仕掛けに彩られている

 今は、なんでもメールやSNSの世の中なので、なかなか手書きの文字で文章をしたためるという行為自体が減ってきてしまっているが、わたしは人の手書きの文字が好きなので、色んな人の、色んな筆跡が見られるこのノートは、眺めているだけで楽しいのだ。丸文字や癖字、達筆や下手な字、どれも味わいがあって、この字を書く人はどんな顔をしてどんな服を着てるんだろう、とか想像して、いつもひとりでにやにやしている。
 こんなに素晴らしいお店があるんだもの、そら、嫌いな高円寺に来るのも仕方がない。どうか知り合いに会いませんように、と祈るような気持ちで、いつも駅から速足でアール座へ直行するのだ。大嫌いな高円寺でも、階段を上って扉を開くとそこには天国が広がっている。読書好きの人だけが集まる楽園が、そこにはあるのです。

今回のお店「アール座読書館」

■住所:東京都杉並区高円寺南3―57―6 2階  
■電話:03―3312―7941
■営業時間:12時~22時  
■定休日:月曜日

撮影:じゅんじゅん

北村早樹子

1985年大阪府生まれ。
高校生の頃より歌をつくって歌いはじめ、2006年にファーストアルバム『聴心器』をリリース。
以降、『おもかげ』『明るみ』『ガール・ウォーズ』『わたしのライオン』の5枚のオリジナルアルバムと、2015年にはヒット曲なんて一曲もないくせに『グレイテスト・ヒッツ』なるベストアルバムを堂々とリリース。
白石晃士監督『殺人ワークショップ』や木村文洋監督『へばの』『息衝く』など映画の主題歌を作ったり、杉作J太郎監督の10年がかりの映画『チョコレートデリンジャー』の劇伴音楽をつとめたりもする。
また課外活動として、雑誌にエッセイや小説などを寄稿する執筆活動をしたり、劇団SWANNYや劇団サンプルのお芝居に役者として参加したりもする。
うっかり何かの間違いでフジテレビ系『アウト×デラックス』に出演したり、現在はキンチョー社のトイレの消臭剤クリーンフローのテレビCMにちょこっと出演したりしている。
2017年3月、超特殊装丁の小説『裸の村』(円盤/リクロ舎)を飯田華子さんと共著で刊行。
2019年11月公開の平山秀幸監督の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(笑福亭鶴瓶主演)に出演。
2019年より、女優・タレントとしてはレトル http://letre.co.jp/ に所属。

■北村早樹子日記

北村さんのストレンジな日常を知ることができるブログ日記。当然、北村さんが訪れた喫茶店の事も書いてありますよ。

■北村早樹子最新情報

7/26(火)
『アウト&セーフ』
場所:下北沢ろくでもない夜
時間:19時開場19時半開演
料金:前売3000円
出演:第十四代目トイレの花子さん、北村早樹子、白玉あも、かものなつみ
ご予約はwarabisco15@yahoo.co.jpまでお名前と連絡先を。


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