第2回『スパークス・ブラザーズ』後編 童貞アーティスト山口明(童貞歴:61年8ヵ月)の『LIFE IS ART‼ 映画でアート思考をアップデート』
取材・構成◎ギンティ小林
スパークスの自宅兼スタジオにはチャイルディッシュなコレクションが!
山口:映画『スパークス・ブラザーズ』には、ロスにある弟ラッセル・メイルの自宅兼スタジオで兄弟が音楽制作をしている映像もあったけど、面白かったな(笑)。アーティストだから自分たちのアルバムやポスターが飾られていたけど、それ以外にも日本映画のポスターやフィギュアがたくさんあって見どころ満載でしたよ! ここからは自宅兼スタジオにあった素敵なコレクションを解説したいですね!
――ちなみに兄弟は、その自宅兼スタジオを「ザ・ペンタゴン」というコードネームで呼んでいるんですよね(笑)。
山口:まず、玄関前に白雪姫のでかい人形が置いてあってね。
で、玄関を開けると日本映画のポスターが飾ってあったじゃん。あれ、大信田礼子さんが主演した「ずべ公番長」シリーズじゃない?
――そうですよ。大信田礼子さん、渡瀬恒彦さんが出演した東映映画『ずべ公番長 ざんげの値打ちもない』(1971年)のスピードポスターが額に入れて飾ってあるんですよ!
山口:やっぱ、そうかぁ! 俺も好きなんすよ、「ずべ公番長」シリーズ! 大信田礼子さんといえば「女はそれをがまんできない」は名曲だよね!
――スパークスと趣味が合うじゃないですか。
山口:ちなみに俺は大信田礼子さんも好きだけど、センミツって役でレギュラー出演していた集三枝子さんも好きなんすよ! 渡哲也さん主演の『野獣を消せ』(1969年)にも出てた人。
――真っ赤な革ツナギを着ていたバイカー役の人ですね。
山口:そうそう! 集三枝子さんは今、イラストレーターの宇野亜喜良さんの奥さんなんだよ。ギャラリーの人から聞いたけど、今もお綺麗らしいっすよ(そのまま、しばらく集三枝子の魅力を語りだす)。
――自宅兼スタジオは、部屋の中にも日本映画のポスターがたくさんありましたよね。山口:そうそう! パチンコ台もあって、その上になんか飾ってあったよね?
――パチンコ台もなかなかの逸品なので後で話しますけど、ポスターは宣伝会社の方に教えてもらいましたが、増村保造監督、若尾文子さん主演の大映作品『爛』(1962年)ですって。
山口:また、随分マニアックですね~! 若尾文子さん、大信田礼子さんってラッセルはライン的にはエロい人が好きなの? 暖炉の上には、ビキニ姿の江波杏子さんの映画ポスターも飾ってあったよね?
――これも宣伝会社の方に教えてもらいましたけど、江波杏子さん主演の大映作品『女殺し屋 牝犬』(1969年)のポスターです。
山口:お! ますます女性の趣味的には俺と一緒ですよ!
――しかも、『女殺し屋』の横には市川雷蔵さん主演の『ある殺し屋の鍵』(1967年)のポスターも飾ってあるんですよ。
ちなみに『ある殺し屋の鍵』は、市川雷蔵さんが針を使う殺し屋を演じていて、『女殺し屋』のほうは江波さん演じる殺し屋が針を仕込んだ特製指輪を使うんです。
山口 殺し屋ムービーを並べて飾ってるわけね! 粋な事をしますねえ(笑)。
外国人ミュージシャンは「男はつらいよ」が好き?
山口:部屋には、「男はつらいよ」のポスターも飾ってたでしょ?
――ありました。調べたら『男はつらいよ 寅さん大会』というタイトルで『新・男はつらいよ』(1970年)、『男はつらいよ 望郷編』(1970年)、『男はつらいよ 純情編』(1971年)の3作を上映した時のポスターでした。
山口:スパークスは寅さんが好きなんだな。映画の中で、来日した兄弟が、柴又駅前にある寅さんの銅像と並んでる映像があったね。ちょっと脱線するけど「男はつらいよ」って外国のミュージシャンで好きな人が多いんだよ。あと外国のプロレスラーにも寅さんのファンが多いって話だよ。
――本当ですか?
山口:本当だよ。ミュージシャンもプロレスラーも巡業が多いじゃん。だから日本全国を旅している寅さんの気持ちがわかるんじゃない。で、イギー・ポップって寅さんの大ファンなの知ってた?
――え! ゴッドファーザー・オブ・パンクと呼ばれるイギーが?
山口:イギー・ポップは初来日の時の飛行機の中で「男はつらいよ」を観て魅了されたんだよ。寅さんって雪駄を履いてるじゃん。映画を観たイギーも雪駄が欲しくなって、来日中にひとりで浅草に買いに行って、行方不明になったんだよ(笑)。
――日本でもそこまで熱狂的な寅さんファンって少ないですよね。
山口:そんで永瀬正敏さんがジム・ジャームッシュ監督作の『ミステリー・トレイン』(1989年)に出演した時、ジャームッシュにイギー・ポップを紹介されたんだって。その時に会うなりイギーから「ドゥー・ユー・ノウ・トラサン?」って聞かれて「よく知らない」って答えたら怒られたらしいよ(笑)。その後、永瀬正敏さんに「男はつらいよ」シリーズの山田洋二さん監督作『息子』(1991年)のオファーが来た時、「イギー・ポップが大好きな映画を撮った監督」ということに背中を押されて出演したらしいっすよ。
――永瀬さんは、その後『男はつらいよ 寅次郎の青春』(1992年)にも出演してますよね。
山口:(キッパリと)それもイギーとの出会いがあったからじゃない。さらに言うと『学校II』(1996年)や『隠し剣 鬼の爪』(2004年)などの山田洋二の監督作に出演したのもイギー・ポップとの出会いがあったからったからでしょ!
――本当ですか……。
山口:(サラッと無視して)そういえば映画といえば、スタジオ部屋にはジャン=ポール・ベルモンドが主演した『パリ警視J』(1983年)のランチボックスみたいなのも飾ってあったな。
スパークスはウルトラマン・マニア?
山口:スタジオ部屋にはフィギュアやオモチャもかなりあったね。ビートルズやスーパーマンのフィギュアもあったけど、日本のキャラクターもかなり飾ってあったでしょ? ウルトラマンのフィギュアやパチンコがあったし。
――スタジオ部屋にはパチンコ台が2台あるんですよね。1台は「CR ぱちんこウルトラマン」ですよ。
山口:で、パチンコ台の前に大きなウルトラマンのフィギュアが飾ってあったでしょ? 登場シーンのポーズしてたやつ。
――あれは、1990年代に発売された「ウルトラマン」京本コレクションDXウルトラマンといって、俳優の京本政樹さんがプロデュースした約60センチのソフビ人形なんですよ。
山口: じゃ、スパークスは京本政樹ファンなんじゃない! 弟のラッセルは美形だし、一時期、京本政樹感のある髪形をしてたじゃん!
――雑なことを言いますね(笑)。ラッセルの部屋には、他にもウルトラマンのコレクションがあってパチンコ台の上に、デフォルメされたウルトラマンのフィギュア、「ハイパーウルトラマン」という食玩シリーズの初代ウルトラマンのフィギュア、そして「ウルトラマン 光の巨人コレクション」というシリーズのウルトラウーマンベスの頭部のフィギュアもありましたね。
山口:ラッセルはヒーローだけじゃなくて、かわいいグッズも好きなんだよね。パソコンモニターの横にフリーダ・カーロのデフォルメ ・フィギュアが置いてあったし、キティちゃんのグッズもかなりあったよね? キッチンにはキティちゃんのトースターがあって。
――「ハローキティ ポップアップトースター」という商品で今も買えるようですよ。他にもスタジオ部屋には「ペッツ BIG giant PEZ ハローキティ」やハローキティの電話もありました。
山口:あと、部屋のガラスケースの中に日本のアニメのキャラクターがギターを持ったフィギュアが何体か飾ってあったよね?
――これはアニメに詳しい方に映画を観てもらって判明しました! アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006~09年)のフィギュアで、「涼宮ハルヒの憂鬱 プレミアムフィギュア 涼宮ハルヒスペシャル ギターver.単品」という商品だそうです。
他にも「けいおん! 平沢唯 WINDMILL PMフィギュア」「けいおん‼ スペシャルクオリティフィギュア~平沢唯~:バンプレストナビ」も飾ってあったそうです。
かわいいグッズといえば、ソファに『低燃費少女ハイジ』のクッションもありましたね。
山口:映画を未見の方やこれから鑑賞する方は、この原稿を参考に自宅兼スタジオのグッズをチェックしてほしいですね! 映画では、お兄さんのロン・メイルが所有する膨大なスノードームのコレクションも観れますから!
変化を続ける事で自由になれる
山口:この映画を観て思ったのは、「常に変化を続けるアーティストは最終的にどんな場所に辿り着くのか?」って事なんだよね。例えばピカソってスパークスと同様に作風をめまぐるしく変化させた人生だったんだよ。ちなみに付き合う女性もめまぐるしく変えたんだけど(笑)。
――グッチーさんとは真逆の人生ですね。
山口:ま、それは置いておいて、そんなピカソって晩年は子どもみたいに自由な表現をする事になるんだけど、今回の映画の中の70歳オーバーの最近のスパークスの2人もなんか自由で幸せそうじゃないですか。
――ウルトラマンやスーパーマンの玩具に囲まれた子ども部屋おじいちゃんになれて羨ましいですよ。
山口:変化を続けるって事は、ひとつのスタイルに縛られることがないから、最終的には自由になれるんだと思うんだよね。自分自身が決まりきったスタイルやブランディングに縛られちゃって、一生同じキャラクターでいかなければならなくなっちゃうと、歳をとると厳しくなることがあるでしょ?
――いますね。
山口:例えばハンサムキャラやかわいいキャラ、強面の喧嘩が強そうなキャラとかもさ、それを一生続けるのは厳しいじゃない。みんな歳をとれば見た目も変わるし、腕力も衰えるんだから。
――でも、スパークスの活動期間(52年)よりも長い間、童貞を貫くグッチーさんの生き方とは矛盾していませんか?
山口:いやいや! 俺も童貞を貫きつつも、いつも少しだけ最先端なものを取り入れて生きてるんだよ。
――でも、携帯とパソコンは絶対にやらない、と(笑)。
山口:そこと童貞は「変わらない過激さ」っていう事で(笑)。でも、これだけ早いスピードで世の中が変化して多様化している時代には、常に時代に合わせて自分自身が変化していかないと生き残れないんじゃないかな。でも、時代に合わせてコロコロ変わるのはイカンのよ。
――スパークスの変化ってひと味違うんですよね。
山口:そうなんだよ! スパークスって別に時代に合わせて変化したわけじゃないんだよね。それでも、あれだけめまぐるしく常に変化していると長い人生で時々、時代とシンクロする時があるんだよ。実際、何度もブレイクしてるじゃないですか。
――してました!
山口:スパークスの変化でさらに言うと、1979年に出したアルバム『No. 1 In Heaven (邦題:No.1イン・ヘブン』 でテクノ・ポップの先取りみたいな事をやるんだけど、ちょっと早すぎたんだよ。80年代に入ってからブームになるんで、ちょっとズレてるんだよね(笑)。常に時代のど真ん中にいかないんだよ。でも、ど真ん中にいかないところも長続きできた秘訣だと思うよ。
変化を続けると運気が上がる?
山口:ところで、「常に変化を続けるって事が運気を上げる」と占い師が言ったりするのよ。
――急に怪しいセミナーみたいな事を言い出しましたね……。
山口:よく成功した社長とかがさ、高級な機械式時計をしてるじゃない。その理由を知ってる?
――サクセスした証なんじゃないですか?
山口:違うよ。機械式時計って、無数の部品が小さな時計の中で常に動き続けてるでしょ。それで、常に変化を続けている小宇宙を身に着けているから運気が上がって成功してる、って説があんのよ。
――高級腕時計といえば、この連載をさせてもらっているK&Bパブリッシャーズから『男と時計の物語』という本が出てますよ。
山口:どんな本なの?
――シルヴェスター・スタローン、エルビス・プレスリー、アンディ・ウォーホルといった著名人たちが自慢のビンテージウォッチを紹介するゴージャスなヴィジュアルブックなんですよ。
山口:そういう人たちもしているんだから、占い師が言った事は 一理あるんじゃない。
山口:ちなみに俺もロレックスのエクスプローラーなんですけど。ただ、これは『ラブジェネレーション』のキムタクの真似をして20年ぐらい前に買ったんだどね(笑)。成功してるのかな、俺?
――サクセスしてるんじゃないですか。童貞記録も更新し続けているし。
山口:ただね、問題なのは、今の日本での成功や幸せのイメージってあまりにも多様性がなくて幅が狭い感じがするんだよ。会社を経営して、都心のタワーマンションに住んで、高級ブランドのファッションを身に着けて、高級車に乗ってるみたいなイメージしかないじゃん?
――そうかもしれませんね。
山口:もっと違う形の成功とか幸せがあるんじゃないか、って事をこの映画のスパークスの今の姿を観て思ったんですよ。スパークスって人生の後半になった今でも現役バリバリで音楽活動してるじゃない。
――楽しそうな人生でした。
山口:2015年には兄弟の息子ぐらいの歳のバンド、フランツ・フェルディナンドとコラボしたじゃん。俺の若い知り合いは、そのステージを見てファンになった人が多いね。
山口:そんな感じに最近も若いファンを獲得してるし。ずっと作りたかった映画も、レオス・カラックス監督と組んでロック・オペラ・ミューカル映画『アネット』(2022年)を作ったし。レコード会社の契約を切られて、経済的にも大変だった時期もあったけど、最終的には完璧な人生って感じじゃない?
――しかも、息子ぐらいの年齢のエドガー・ライト監督からリスペクトされて、彼らの集大成のようなドキュメンタリー映画を作ってもらっているんですもんね。
山口:そうそう! スパークスの2人は、別にハリウッドのスターみたいに豪邸に住んで派手なセレブライフを送ってるわけじゃない。でも、映画を観ると、朝から優雅に街なかのカフェでコーヒーを楽しんで、今も自宅兼スタジオで音楽制作している。そんな生活って自由で楽しそうじゃない。こういう成功とか幸せもあるんじゃないかな、ってこの映画を観て思ったんすけど。
――好きな事をやっているんですもんね。
山口:変化を続ける生き方って結局、近道しないで遠回りする生き方じゃない。いろんな事をやりすぎて直線で行かないわけだから。で、これって無駄な感じがするかもしれないけど、この無駄が大事なんだよね。
――有名な発言ですけど、勝新太郎さんも「無駄の中に宝がある」って言ってましたもんね。
山口:この無駄が俺が思うにアート的な事なんじゃないかなと。というわけで皆さんもライフ・イズ・アート‼
――え! いきなり気持よさそうな顔でキメ台詞を言いましたね。
山口:これから毎回言うキーワードなんで、皆さんもプライベートで使ってほしいですね~(笑)。
――流行らなそう……。
山口:(まったく気にせず)そんでさ、俺も変わり続けるスパークスを見習って、そろそろ童貞を捨てようかな⁉
――えええっ!
山口:俺はデザイナー時代から童貞である事をカムアウトして売りにしていたけど、実はデザイナーを辞めた時に「あ、これで童貞を捨てても良いんだ」って思ったんだよね。そうしたら童貞の仕事が増えだして、TV出演や雑誌で連載がはじまったから「これはずっと童貞のままじゃないとマズいんじゃないかな……」と思っていたんだけど最近、長く続けていた『映画秘宝』の連載が終わったので、「今度こそ捨ててもイイのかな?」と思っていたのよ。そしたら、この連載がはじまったから、まだ続けようと思うけど。
――ちなみに童貞を捨てた後はどうされるおつもりだったんですか?
山口:TVのコメンテーターとかで元アスリートとか元アウトローって多いじゃない。だから、元童貞って肩書も許されるのかな、と思って。
――それ、ほとんどの男性がそうですよ!
『スパークス・ブラザーズ』
監督:エドガー・ライト
出演:スパークス(ロン・メイル、ラッセル・メイル)、ベック、アレックス・カプラノス、トッド・ラングレン、フリー、ビョーク(声)、エドガー・ライトほか
製作年:2021年
2022年4月8日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイントほか全国公開
公式サイト:universalpictures.jp
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