62なんちゃって図像学 若紫の巻(10)㉑ 二条院に慣れていく若紫
・ 手習いと雛遊び
源氏は2,3日は参内もせず、姫をなつかせようと一生懸命です。
そのまま手本にしてもよいように、手習いの文字も絵も様々に書いて見せますが、どれも素晴らしく美しいものばかりです。
姫は、なかでもとりわけ美しい
「知らねども 武蔵野といへば かこたれぬ よしや さこそは紫のゆゑ」と
紫の紙に書いたのを手に取って見入っています。
少し小さな字で
「ねは見ねど 哀れとぞ思ふ 武蔵野の 露分けわぶる 草のゆかりを」
ともあります。
(📌「📖 紫の一本ゆゑに 武蔵野の草は みながら あはれとぞ思ふ …一本の紫草があるから武蔵野の草は皆慕わしい」の歌を踏まえて、
「一本の紫草があるから、知りもしないのに武蔵野という地名を言うだけで嘆かれる」と書いて、
更に、側に小さな字で、「分け入るのは大変だから根を見てはいないが武蔵野の草はあわれ深い ≒ 武蔵野の紫草に分け入ることはできないから、まだ寝てみてもいないが、その人のゆかりのこの子が愛しい」と書いてあります。
あの方は接近も困難だが、あの方に血筋も通い、容貌もよく似たこの子を、あの方の代わりに早く抱きたいなあと、けしからぬことを思って源氏はわくわくしています。姫は源氏のそんな長期計画の害意には露ほども気付かず、初めて見る美しい書や絵に夢中です。)
「あなたも書いてごらんなさい」と源氏が言うと、姫は「まだ上手に書けないの」と言って源氏を見上げるのが無邪気で可愛いらしいので、源氏もつい微笑まれます。
「下手だから書かないというのはいけません」「お教えしましょう」と言うと素直に書き始めるのですが、
はにかんで横を向いて、筆の持ち方も字を書く手つきも拙く子供っぽいのがただただ可愛らしく思えて、源氏は我が心ながら不思議な気がします。
「失敗しちゃった」と恥ずかしそうに隠すのを無理に見ると
「かこつべき ゆゑを知らねば おぼつかな いかなる草の ゆかりなるらむ (どうして嘆くの?どんな草のゆかりなの?)」と、源氏の手本書きに対する返歌を書いています。
子供らしい字ですが、先行きの楽しみなふっくりとした筆跡です。
亡くなった尼君の字に似ています。
源氏は、尼君の字は古めかしかったが、今の手本で習えば、さぞ上手になるだろうと思います。
遊び道具の雛人形も御殿を作り連ねて一緒に遊びます。
姫とそうして遊んでいると、源氏の物思いも晴れるのでした。
(📖 雛など わざと屋ども作り続けて もろともに遊びつつ こよなきもの思ひの紛らはしなり)
🌷🌷🌷『手習いや雛遊びをする若紫と源氏』の場の目印の札を並べてみた ▼
・ 兵部卿宮の空振り
故大納言邸に、兵部卿宮が姫を迎えに来ます。
姫の様子を聞かれてもお答えのしようもなくて、女房達は困って顔を見合わせるばかりです。
「暫くの間は誰にも姫の行方を申してはならぬ」と源氏が言い、源氏の君のお世話を頂けるのなら姫君の不名誉にならぬよう秘密の方がいいのだろうと少納言の乳母も思い、家中の者皆に強く口止めしていました。
「少納言の乳母がどこかにお連れしてお隠ししてしまったので、私共はお行方を存じませんのでございます」としか、残された女房達は言えません。
宮は落胆しますが、「亡くなられた尼君も私の邸に連れて行くのをとても嫌がっていたから、乳母の出過ぎた考えから、正面切って渡せないとは言わなかったが、勝手にどこかに連れて行ってしまったのだろう」と、泣く泣く帰りました。
「消息を聞いたら知らせなさい」と言い残されましたが、女房達にも雲を掴むようなことではありました。
宮ご自身で北山の僧都の所に尋ねてみましたが、僧都も知らぬことでした。
未来の美貌が窺われたのに手元から失うのは惜しかったと思われて、悲しく思いました。
宮の北の方も、夫の愛人たる母親を憎んでいた気持ちも既に薄らいでいて、若紫の姫を将来の自家の縁組の良い駒にしようと待ち構えていた期待が潰えて、残念に思いました。
(📌 若紫を手駒にし損ねた兵部卿宮家では、北の方の産んだ二人の姫のうち、冷泉帝に入内した王女御は、源氏の不遇時代に父宮が冷淡だったことから、並ぶ者なき権力者となった源氏の支援を受けられず寂しい後宮生活となります。次の世代では、若紫の母親を迫害したらしい兵部卿宮の北の方を大北の方と呼ぶことになりますが、もう一人の娘が髭黒大将の北の方と呼ばれる為です。髭黒大将の北の方は、気位が高く、冷淡な結婚生活の為か生来のことか心を病み、玉鬘の元に行こうとする髭黒に香炉を投げ付ける事件を起こすことになります)
・ 西の対の日々
西の対の側仕えの体制も整ってきました。
主人の源氏も若い女君もしかつめらしいところがないので、西の対全体が朗らかな空気に満ちていて、遊び相手の女童も侍童も、屈託なく遊びます。
若紫は、源氏が出掛けて寂しい夕暮れなどは、尼君を恋しがって泣くこともありましたが、父宮を恋しがることはありませんでした。
父宮はもともと疎遠だったので、新しい父となった源氏にばかり馴染んでいます。
源氏がお勤めから帰ると真っ先にお迎えに出て、懐に抱かれて可愛らしくお話しします。
そんな風に抱かれていることを少しも嫌がったり恥ずかしがったりしません。
男女の交わりという風でなく、とても可愛らしい打ち解けた様子なのです。
これが小賢しいような子で、面倒な関係になれば、ただあの方のゆかりを側に置きたかった自分の心と違って来るだろうし、
恨み言でも言うようなら、まして、思ってもみなかったことも自然と起きてくるだろうが、
そんなことがなくて本当に楽しい遊び相手だと源氏は思います。
女の子は普通はこれぐらいの齢になれば、自分の子でもこう気安く近しくいられないし、同床で寝起きするなどとてもできまいが、この子はいくらでも好きなだけ、身近で思い通りに愛玩することのできるお人形さんのようで、風変わりで最高の愛の遣り場だと、源氏は思うようです。
(📖 いとさまかはりたる かしづきぐさなりと 思ほいためり)
眞斗通つぐ美
📌 まとめ
・ 二条院の日々
https://x.com/Tokonatsu54/status/1711235907079016749?s=20
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