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45 なるべく図解付き 若紫の巻 ④若紫の血筋

・ 源氏の執着

「きれいな子を見つけちゃったなあ」
「こういうことがあるから、好き者連中はふらふらと夜歩きするのが止められないのだなあ」「療治ついでに覗き見に歩いただけで、こんな思いの外の幸運に出遭ってしまうのだもの」
「それにしても、美しい子だ」「どういう筋の子なのだろう」
などと考えているうちに、
あの御方身代わりに側に置いて明け暮れの慰みに愛しみたいものだ」と深く思い始めています。

・ 僧都の招き

横になっていると、例の僧都の弟子が来て、惟光を呼び出します。
狭い所なので、源氏にもよく聞こえます。

「拙僧の草庵にお立ち寄りいただけませんでしたことを、ただ今知って大変に驚いております」「すぐに御挨拶に参上すべきところでございますが、拙僧の件の寺に籠りおりますのを御承知であられながらお知らせいただけませんでしたのは、当方に何か落ち度でもあってのことかと畏れ多く、お伺いするのも遠慮されるのでございます」「御草枕も我が賤家にこそ結うていただきとうございますのですが」と僧都の挨拶を伝えますので、
源氏から、「この月の十余日ほどから瘧病を患い、人の勧めで急遽参ったのですが、万が一霊験が顕われないことでもあれば御山の不名誉の喧伝になりかねませんので、至極内密に参りました」「そちらにも今から御挨拶に伺おうと思っていたところです」と惟光に言わせます。

使いが帰ると入れ替わりにすぐに僧都が登って来ました。
出家こそしているものの貴族の出の立派な人格者と世間で通っている人なので、源氏は旅の軽装をきまり悪く思います。

山籠の話などしてから、「僧坊などどちらも同じではございますが、少し涼しい遣水もございますので」と熱心に誘います。
寿命も延びるとばかりに自分のことを大袈裟に吹聴しているのを聞いたのでこそばゆい思いもありますが、あの美少女が気掛かりなので、誘われるままに宿を替えることにしました。

・ 僧都の山荘

確かに、そこいらにいくらでもある筈の平凡な木や草の隅々にまで心を配って風流に設えた山荘でした。
三月晦日(今の暦なら5月下旬頃)とて月もない時分ですが、遣水の篝火灯篭の火も行き届いています。
先程覗いたのは西面の方からでしたが、南面はさっぱりと整えられ、須弥壇の名香に加えて空薫物がゆかしく焚かれています。
身じろぎに合わせて衣に薫き染めた源氏の香が更に立つので、奥の者たちは、覚えのない高貴な香りに少し緊張しているようです。

僧都はこの世の無常、来世の頼もしさなどを説きます。
源氏は自身の📌①罪の深さが恐ろしくなってきて、「私はこのどうにもできないことに執心して、今生を生きる限り思い悩むのだろう」「まして来世にはどんな劫罰を受けることになるのか」と省みて、こんな草庵でひっそりと後生を願って生きる生活に憧れてみたりもします。

しかし、結局は昼に見た少女の面影が恋しくて、「こちらにはどなたかおいでなのですか?」「何かを暗示しているような夢を見たのですが、今日こちらに伺ってみると、何か符合するような思いがあるのです」などと探りを入れ始めます。

僧都は笑って、「これはまた急な御夢のお話でございますな」「お聞きになってもがっかりなさるばかりと存じますが」

・ 美少女の身の上

「拙僧の妹が按察使大納言に縁付いておりましたのが、だいぶ前に夫を亡くして出家いたしました上に、最近になって病みつきまして」「拙僧もこのように都を離れておりますので、心細がりました妹がこちらに参っているのでございます」

源氏は、「その大納言殿と妹御の間に娘御がおられたように聞いております」「いや何も好色な心から伺うのではないのですが」などと当てずっぽうに言ってみます。

僧都が引き取って、「娘が一人だけおりました」「亡くなりまして、もう十年以上になりますか」「大納言は宮中に入れたい望みも持って大切に育てておりましたのですが、叶わず亡くなりました」「未亡人になりました妹が一人で育てておりましたのですが、誰の手引きか、兵部卿宮様が通って来られるようになりましてな」
「宮様の北の方様も御身分のある方で御実家の方からの示威などもあり、気苦労が絶えず、姪は病みついて亡くなりましてございます」「私も、人は物思いから病気になるのだと身に沁みました」など言います。

なるほど、そういう血筋の子であったのかと源氏は理解しました。

若紫と藤壺宮の血縁 妾の子ではあるが 姪ー叔母

「兵部卿宮のお血筋だから、あの御方にも似ているのか」とますます心惹かれて、あの美少女をどうしても自分のものにしたいと思います。
「血筋身分も実に好ましいではないか」「無邪気な子供であるのも幸いであるし、身近に置いて、理想通りの女に教え育ててみたいものだ」と思います。


・ 付記

📌① 罪の深さ 

(📖 後世のことなど聞こえ知らせたまふ 我が罪のほど恐ろしう…)
ここまでの深刻さで罪深いというのは、市井の夕顔を気紛れの外泊で死なせてしまったことなどではなく、父帝の王女御たる藤壺宮への懸想を言うように思われます。
しかし、胸に秘めた片恋が来世まで祟る罪業なのかどうか。
書かれてはいませんが、この短い一節は、若き日の源氏に、藤壺宮との過ちが既にあったことを示唆してはいないでしょうか。

📌 按察使大納言

按察使とは令外官で、役目は国司の監察だそうですが、大納言、中納言、参議等との兼任となり実態のなくなった官名だそうです。

按察使大納言とは源氏物語では親しい響きのある官名です。
源氏の母、桐壺更衣の父が按察使大納言でした。
橋本治氏の指摘にあるように、
按察使大納言の娘を母親に持つ子が、父親の正妻格の威勢ある実家から迫害を受けるという形は、源氏自身の生い立ちと正に相似です。

按察使大納言でなく三位中将まで拡げれば、夕顔はこの相似形のグループの中で、迫害される母自身の位置になります。

源氏の中の何かが共鳴せずにいられない『境遇の共有』という運命のようなことでもあったでしょうか。

                        眞斗通つぐ美





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