ヒトリボシ (6)
職場で「良い人」で通っていた健一。
特にシングルマザーの女性達の面倒看が良かった。シングルマザーの悩みや子育ての相談によく乗っていたことを知っているし、健一が病気して連絡が取れなくなってからも、子どもの近況を知らせる葉書や手紙がしつこく届いた。
健一にとっては親切でしていたことでも、藁をも掴む思いのシングルマザーにとって、健一は頼りになる男性。そんな健一が一人で暮らしているとなれば、女はこれ幸いとやって来て、健一も拒むことなく、家に招き入れているだろう。私が長年掛けて築き上げて来た城に女が……
健一は私の父のように
「おい、お茶!」
「おい、飯!」
とまでは言わなかったが、結局、健一も一生家事をすることなく過ごせる人。
金持ちでも皇族でもないのに。結婚するまでは母親が。結婚したら、妻が。そして、どこかの女が最初は遠慮しいしいだろうが、すぐに我が物顔でキッチンを使い、健一の洗濯物も喜んでやるのだろう。
ゾッとする。
今は病気でもう家事を一切することもなく、一生が終われる。
私だって、体調のすぐれない日がある。そんな日でも立ち上がるのもしんどいのに、フラフラと洗濯をし、使ったコップや皿を洗い、その合間、合間に横になり、倒れている。
健一は私なんかよりチャッカリ、よろしくやっているはず。私の想像は当たらずとも、遠からずだろう。
もうバカバカしくなってくる。
私には周りを見回しても、そんな都合の良い男性は見当たらない。それどころか、アルコールでも飲めれば良いが一滴も飲めず、好きな庭いじりも思うようにできず、ストレス発散することもなく、ただただ介護の日々を送っている。
「私は何て真面目なんだろう」
「ね!」
「クソがつくよ」
「クソ真面目、クソ真面目。何でもかんでも真に受けて。クソが付くほどクソ真面目」
一人、声に出して歌ってみる。
※
年号が令和に変わり、平成の三十年が終わった。一口に三十年と言うのは簡単だが、これからのことを考えると……
父は九十一歳、母は八十九歳。
父は退職してもまだ仕事をし、七十歳まで働き続けた。
「元気やったんやなぁ」
自分第一で何があろうと、どんな時でも自分のペースを崩さない父。そして、母も能天気な性格の分、年を取らない。
この2人のDNAを受け継いでいるなら、
「私も!」
とは思うが、そんなパワーは……
その上、今まで嘆きは順子一人のものと思っていたが、「明日は我が身」と言ったように、令和は一年にして、一瞬にして皆の嘆きになってしまった。
もう健一を在宅介護することも順子一人では不可能になった。五年は覚悟していた在宅介護から大急ぎで施設を調べ、あちこち見学し、やっと入居にこぎ着けた。
病気になった時も、まさかの突然。
施設入居も、まさかの突然。
順子は小舟に乗せられ、あっちに流されては濁流に飲まれ、こっちに流されては渦に巻かれ、ただ振り回されるままで全く気持ちが追い付かない。
無事、施設に入居できた健一に
「来たよ。誰かわかる?」
と聞いてみる。
「順子!」
「よし、よし」
「娘の名前は?」
「小百合」
「もう一人は?」
「涼音」
在宅介護ではなかなか娘の名前が出てこなかった健一を
「子育てしてないから仕方ないか」
と順子は変に納得していたが、外面の良い健一は外では気を使っているのだろう。それが良い刺激になっているのか、意識がはっきりしている。
そして、こんな施設でのやりとりもほんの最初だけですぐに面会禁止になってしまった。
※
順子が小百合と涼音と健一と四人で賑やかに生活を送っていた頃、隣は独身男性が一人で暮らしていた。やがて男性は結婚し、子どもが生まれ、四人家族で暮らしている。その隣で今は順子が一人ひっそりと暮らしている。
見事な逆転。
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